ラベル おすすめ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル おすすめ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

クイズ:2軒の美容室


問題

とある人里離れた島があります。この島には人が暮らしていますが、他の土地との行き来は滅多にありません。

さて、この島には二人だけ美容師さん(どちらも男性です)がいて、2軒だけ美容室があります。

この二人を美容師A,美容師B。この2軒を美容室Aと美容室Bとします。

美容室Aの店主である美容師Aさんはとても整った髪型で、顔立ちも精悍。いかにも「できる男」と言った風貌。

一方美容室Bの美容師Bさんは、前髪はガタガタ。後ろ髪も乱雑に刈られたような印象の髪型です。

この島には他に髪を切ってもらえそうな場所はありません。

さて、あなたがこの島で髪を切ってもらうとしたら、どちらの美容室に行けばいいでしょうか?

A:美容室A
B:美容室B




今夜は月が綺麗ですね

夏目漱石が「I love you」を「今夜は月が綺麗ですね」と訳すのだと学生に教えたという有名なエピソードがある。

これを、日本人は「月が綺麗ですね」という言葉の中に「愛している」を含ませる情緒の深い国民ですよみたいにとると間違いである。

漱石が言いたかったのは、海外では、挨拶みたいな感覚で「I love you」を使いますよということだ。

日本人が「愛してます」なんて言ったら「どうしたんですか急に?」となってしまうけど、あいつらは恋人や夫婦だと挨拶感覚で「I love you」を使う。それは日本で言うと、ちょうど「月が綺麗ですね」くらいの気軽さですよと。

まあ、夏目漱石を勉強したことなんてないから、たぶんそうだろうという僕の想像でしかないけど、この解釈が正しいですよということで、世間には上から目線で広めていきたいと思う。

13個のオレンジを3人で分ける方法

何かの本で13個のオレンジを3人で分ける方法について書かれているのを見たことがある。

ジュースにするとか、オレンジの種を植えるとか、そういう柔軟な発想が大事ですよみたいなことだと思う。

でも、僕が一番最初に思いついたのは、「そんなの早い者勝ちだろ」である。

広い野原を用意して、地面に大きな時計があるようなイメージで、時計の文字盤の位置に一つずつ、オレンジを配置。さらにど真ん中にも一つ置いて13個。

12時と4時と8時の位置に1人ずつ人をスタンバイさせて、笛の合図と同時にスタート。他の人の動きを見ながら走り回ってオレンジを拾っていく。

駆け引きと体力が勝負を決める、血で血を洗う争奪戦。

まあ、僕が3人のうちの1人だったら、そんなにたくさんオレンジ食べたくないから1個だけもらったら、とっとと帰るけど。

暮らしのワンポイント:麻婆豆腐編

とても大切なことに気付いた。

市販の麻婆豆腐の素を使って、麻婆豆腐を作るとき、フライパンに豆腐を加えたあと、加熱している間に豆腐の入っていた容器を使って、「とろみ粉(片栗粉)」みたいなのを水で溶けばいいんだ。そうすれば洗い物がひとつ少なくなる。

なぜ今まで気付かなかったんだろう。

「世界中の誰よりも」問題

恋愛ドラマとかの台詞で

「あなたが好きです! 世界中の誰よりも!」


みたいなのがよくある。


この台詞がよくわからない。


告白するとき、こんな台詞、絶対に使いたくない。


例えば、一般的な恋愛の文脈で、この台詞を男が女に向かって言う場合



  • 世界には、あなたのことが好きな男が他にたくさんいるかもしれないが、そいつらの「好き」よりも、オレの「好き」の気持ちが一番強い
  • 世界にはたくさんの女がいるけど、その誰よりもあなたのことが一番好き


の二通りの意味に取れる。


「誰よりも」というのは、男、女に限らず、親兄弟などを含めても、ということかもしれないが、ひとまず、それは置いておこう。


まず、二つの意味に取れる段階で、誤解される可能性が高い。


なぜそんな曖昧な言葉を選ぶのか理解できない。

さらに問題なのが、その内容である。

後者の意味なら別に問題は無い。自分の主観的な気持ちを、素直に伝えただけである。


ところが、前者の場合はかなり問題がある。


「他の誰の気持ちより、より自分の気持ちの方が上」と言っているわけだが、他の人の気持ちなど、わからないはずだろう。わからないくせに、他の人は、自分より下だと、勝手に決めつけてしまっている。


自分の気持ちが強いからといって、それをもって一番だと決めつけるのは、認識力が不足しているし、論理が破綻している。

「私は彼女がとても好きである。従って、彼女を一番好きなのは私である」

全く成り立たない。その結論を導くには、他の人と厳密に比較した上でなければならないはずである。

現実には、誰の「好き」が一番強いかなんてわかり得ない。「好き」の気持ちの強さは、計測できない。(というより、ひょっとしたら、永続的な愛情というのは、そんなに気持ちの高ぶるような、情熱的なものではないのかもしれないし、強さを比べるようなものでもない気がする)

なので、この台詞を言う人の「他の誰より好き」は、本当かもしれないし、違うかもしれない。それは誰にもわからないというのが、正しい認識であろう。

確実にはわからないことを、あたかも真実であるかのように言うことは、相手を騙す行為であり、不誠実で、自分勝手で、自己中心的な態度である。

さらに言うと、思い込みが激しく、他の人の気持ちを尊重せず、甘く見ている。自分のものにしたいあまりに、他の人を蹴落とそうという態度である。

人の気持ちを尊重せず、勝手に自分の下に置いてしまうような人が、「誰よりもあなたが好き、幸せにする」と言っている。信用できるだろうか。


「誰よりも」のなかに彼女の両親なども含まれているとしたら、命よりも大切と思いながら育ててきたご両親に対して「その愛情はオレ以下だけどね」と言うようなもので、とても失礼である。


本当に好きなら、他の人の気持ちは関係ないはずである。

人と比べなくても、「好き」に嘘がないなら、それに自信を持てばいいのである。


たとえ他に強い「好き」の気持ちを持った人がいたとしても、それでも自分を選んでもらえるようにアピールするべきなのである。


「オレが一番おまえが好きだ」などと、確かめられもしないようなことを言わずに、実際の態度や行動で示すべきなのである。



なんて、主張しても僕は、「そんな理屈っぽいこと言う人イヤ」と、モテなくなる一方なんだろうな。

ほんとうに大事なこと

面白いことを、よく考えつくような人になりたいという欲求がある。

そういうことについて考えてみる。

次のようなことが教科書に書かれていたとする。

「氷は熱によって溶けて水になる。同じように鉄も加熱すると溶けて液状になる。このように、固体が液体に変わることを溶解という」

これで、大事なところにアンダーラインを引きなさいという課題が出された場合どこに線を引くだろう。

受験や試験のために大事なところは、おそらく「溶解」だから、「このように、」のうしろから線を引くことになるのだろう。

そのほうが、効率的にテストの点数を稼ぐことができるのだから。

でも、最近僕はつくづく思っている。

ほんとうに大事なのは、この場合、氷が水になることだったり、鉄が溶けることの方なのだ。

そういう事実がこの世の中にはあるということ。その事のほうがよほど大事なのだ。

「溶解」という名前が付いているが、そんなの、別になんだっていい。

「溶解」という言葉を忘れても、水が氷になることを不思議がって、大切にできるような人が、面白いことを考えられる人になれるのだ。いや、二歩譲って、面白いことを考えつかないとしても、そのほうがずっと豊かな人生が送れるように思う。

この例だけではない。他の科目も全てそう。ほんとうに大事なのは、大抵、線が引かれない方だったのだ。

僕はわりと空気を読める生徒だったのか、試験で点をとるために、素直に、大事だと教えられてきた方を勉強してきた。

でも、いま、そのせいで、結構壁にぶつかっている気がする。

ほんとうに大切なことをないがしろにして来てしまったんじゃないかと。

学問は一般化したがる。でも、世界に存在するのは、具体的な何かでしかない。ありもしない一般的、抽象的なものを見続けた結果、具体的な、ほんとうにあるものを、見ようとしなくなってしまったのではないか。

そのせいで、うまく頭の中から、面白いことが引き出せないんじゃないか。そんな劣等感にさいなまれる。

もちろん、今までが無駄だったとは思わないけど、もっと早く気づいていればと、悔やむ思いだ。

今の教育が間違っているかどうかは知らない。ただ、今の教育の形であっても、自分の心がけ次第で、ほんとうに大切なことを見抜いて、本当に使える知恵を、自分の中に養い得る可能性はあったのだ。それを思うと「失敗したなあ」と思ってしまう。

もちろん、これからだって、遅くはない。これから、ほんとうに大切なことを、大切にすればいい。また、勉強をやり直したっていい。

ひとつひとつが、ひとりひとりが、一回一回が、みんな違う。それを大切にして楽しめれば、僕はもっと、面白いことを考えられる人になれるのだと思う。

エジソン

昨日のエジソンの件でちょっと言いたいことがあったのを思い出した。

物の本で、エジソンの「天才は1%のひらめきと、99%の努力」というのを、努力のほうが大事だと誤解する人も多いが、1%のひらめきがなければ、99%の努力は無意味だとエジソンは説明しており、むしろひらめきのほうが大切なのだという解説を読んだ事がある。

ウィキペディアのエジソンの項目にもちょっと触れられているので、引用してみる。


* 「天才は1%のひらめきと99%の汗」 (Genius is one percent inspiration and 99 percent perspiration.) という有名な発言は努力の重要性を物語る発言として広く知られているが、エジソンの熱心なファンである浜田和幸の説によると、この言葉は「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」との意味であるという。その説がTVで紹介され、ネットでも誤訳であるという説が一般的になっているが、実際は現代アメリカでも「天才には努力が必要」の意味で用いられている。



僕はエジソンの研究家ではないし、これから言うことは、あくまで僕の勝手な想像にすぎないので、そのつもりで聞いて欲しい。

たしかに、「才能(ひらめき)なんてたった1%なんだから、努力のほうが99倍大事なのだ、才能なんて気にせずとにかく努力だ」と単純に考える人がいれば誤解だろう。

でも、ひらめきの方が大事だというなら、それも違うんじゃないかと僕は思っている。やはり努力が大事だと伝えたかったのだと思う。

「100」を完成させるには「1」であるひらめきと「99」である努力のどちらもないといけない。重要なのは圧倒的に努力の方だけど、ひらめきも不可欠。どちらも等しく必要なのだと言いたかったんじゃないだろうか。

つまり、エジソンの言いたいことは、こうなんじゃないかなと思う。

「私の発明品のほとんどは寝る暇も惜しんで努力したからできたのであって、たまたまひらめいたから、楽にできちゃいましたなんて思わないで欲しい。でも、どうしてそんな努力ができたのかといえば、ひらめきがあったからだ。これはいけるというひらめきがなければ、あれだけの努力はできなかっただろう。99%の努力を支えたのが、たった1%のひらめきなのだ」

これがエジソンに会ったこともない僕の解釈である。でも結構自信はある。ぜひ、これはこういうことなんだよとみんなにしたり顔で吹聴して欲しい。世間に広まれば、この説が正しいってことになるかもしれない。

エジソンなんてどうせもう死んでるんだから「え? 違うよ。そんな意味で言ったんじゃないよ」とは言えまい。今生きている人が僕の説を信じれば、それが正しいってことになるのだ。そうなりゃこっちのモンだ。


人数が多いときの乾杯のやり方

飲み会など酒の席では、大抵の場合、乾杯を行うものである。

人数が少ないときは、全員と簡単に手が届くので、乾杯の合図と同時にテーブルの中心に手を伸ばす形で乾杯を行えばよく、ここでは特に問題は起こらない。

しかし、人数が多くなると、手が届かないために、遠くの席に座った人とはグラスを合わせることが出来ないという問題が発生する。

せっかく参加している者同士なのに、席が遠かったために乾杯が出来ないということになってしまうのは残念である。

あまりに規模の大きな酒席では、グラス高く掲げることで、その場の全員と乾杯をしたことにするという代替的なシステムも存在するが、それはあくまで「したことにしている」にすぎない。やはり、グラスをチンと当てることをもって理想的な「乾杯」が成立するといえるだろう。

大人数の飲み会の場では、乾杯の合図がかかったとき、まずは近くにいる人と乾杯をする。そのあと、遠くにいる人と乾杯するために席を離れ、あちこちで入り乱れて乾杯して回ったりする。

よく目にする光景であるが、このやり方では、いろいろな人と乾杯して回っているうちに、誰と乾杯したのか、あるいはしていないのかよくわからなくなり、同じ人と2度乾杯をして苦笑いしたり、結局最後まで乾杯出来ない相手がいたりといった問題がつきまとう。

これでは、せっかく席を離れてうろうろしたのに、そのエネルギーに対して、効果は非常に薄い。

こういった問題を無視していいものかと、その解決策を僕なりに考えることにした。

次のような方法はどうだろうか。

全員の飲み物が運ばれてきた段階で、その飲み物を配る前に、あらかじめ幹事さんが全てのグラス同士をカチンカチンぶつけ合っておくのである。

具体的には、全てのグラスを横一列にずらっと並べ、一番左端のグラスを手に取ったら、その隣、その隣と順番にチン、チン、チンと当ててゆき、一番右端まで来たら、持っているそのグラスを省く。一つ目を省いたら、一番左にある次のグラスを持って同じことを行う。それを全てのグラスが省かれるまで繰り返していくのである。

あとはみんなに飲み物を配り「もう乾杯はしてありますので、みなさんどうぞそのままお飲みください」という形にするのだ。これなら、乾杯しようとうろうろする必要がないため、とても楽でスムーズである。すべてのグラスが近いところにあるうちに、合わせることができるので、エネルギー効率も高い。また、人数が多くても、乾杯し忘れている相手はいないので、安心して飲むことが出来る。

しかし、この方法だと、まず時間がかかるし、乾杯の実感が得られないため、幹事の動きが見えない位置に座った人などは「本当にちゃんと全部のグラスと合わせたのだろうか? 手を抜いて俺のだけやっていないんじゃないだろうか」と疑いを持つこともあり得る。なにより、責任、作業ともに幹事への負担が大変なものになってしまう。

となると、時間や実感の観点のみならず、ワークシェアリングの観点からも、別のやり方を考える必要がありそうだ。

そこで、次の方法を考えた。

人数が多めの飲み会の時は、大抵長テーブルであるから、そこを利用するのである。

乾杯.jpg

やり方は、自分の座席からスタートして、図のようなローテーションで、長テーブル越しに、向かい合った人と乾杯をする。乾杯したら、次の席に移動して、また向かいの席の人と乾杯するのである。その際、向かいに人がいない時は、一回休みとなる。これを、一周して、自分の座席に戻るまで繰り返すのである。

図では一応12人の設定になっているが、どれだけ人数がいても、長テーブルさえ伸ばせば、このやり方は適応できる。人数にあわせて、座席を調整すればいいだけである。ただし、テーブルの手前側と奥側の座席数は必ず揃えること。

ポイントは、図右端の、所謂お誕生日席の場所に、座布団かなにか、目印をおいておき、その場所にきた人は、乾杯を一回休みにするのである。その間、乾杯は出来ないが、みんなが乾杯している様子を見るとか、写真を撮るとか、唐揚げをつまむとか、自由にしていればいい。

それによって、向かいの席に入る人が、行き帰りで、同じ人にならなくなるので、一周して自分の席に戻ってくる頃には、全ての人と一回ずつ乾杯が出来るのである。

人数が偶数の時は、お誕生日席で休む人を作る関係で、もう一人休む人が出てしまうが、これは別に大きな問題ではないだろう。

この方法を成功させるためには、移動するタイミングをみんなでしっかり合わせないといけない。したがって、誰かが笛等を吹き、合図を出して、移動のタイミングを指示する。指示を受ける方も、笛の音をしっかり聞いて、軍隊の演習のつもりで機敏に次の席に移動するようにしていただきたい。

気を抜いて、適当にすれ違いざまに乾杯すればいいなどと思ってしまうと、同じ人と2回乾杯してしまったりといったミスを犯してしまうので、注意が必要である。遊びではないのだから、気を引き締めてやってほしいと思う。

このやり方なら、従来の、相手を求めさまようような、成功率の低い、非効率的なやり方から一変、全員が、全員と確実に乾杯をやり遂げることが出来るのである。やり遂げた充実感で、一層美味しい酒が飲めるというものだ。ぜひ、今年の忘年会から取り入れてほしい。

Q8 いままでで、一番、死ぬかと思った体験を教えてください

A:小学生3年生くらいのころ、プールに行ったときです。

僕はみんなと違ってエラで呼吸することができなかったので、水が怖く、小学校3年生の段階でも、泳ぐことができませんでした。

それでも、努力の甲斐あって、ようやくバタ足で泳ぐことができるところまでこぎつけたころ、友人T君とプールに行きました。

さっそくできるようになったバタ足を披露すると、T君は「すごいすごい、それに手をつければ、クロールができるよ」と、誰もが気付かなかったすごい真実を教えてくれました。

クロールができるようになれば、もう泳げないコンプレックスともおさらばです。かっこよく泳いで学校に通う姿を、みんなに見せつけることができます。

さらにT君は「よし手の練習をしよう。俺が足を持っててあげるから、こうやって手をまわすんだよ」と、クロールの練習の協力を申し出てくれました。

浮いた状態で両足を持たれた僕は、こんな感じかな? と両手を交互にまわしてみました。

「そうそう! いいよ~」というT君の声に、安心しつつ、クロールの手の練習を続けていると、ふと、あることに気付きました。

あれ? 息が苦しいぞ。

思えば、つい最近、バタ足で前に進めるようになったばかり。息継ぎの仕方がわかるわけがないのです。

今まで僕が見てきたクロールを思い出すと、なんか器用に横に顔を向けて息継ぎをしてるようでしたが、あれは、厳しい訓練をつんだ人だけができる、途方もなく高度な技術にしか思えませんでした。

そんなことを考えている間にもどんどん息が苦しくなってきます。

あまりの苦しさに、半ばパニックでした。

(やばい!!急がないと!!)

僕は、手の回転スピードを上げ、必死に水をかきました。

しかし、両足を持たれた状態なので、一向に前に進みません。それどころか、ますます苦しくなるばかり。

というか、もともと急いでどうなるものでもありません。

(もうだめだ!!死ぬ!!)

そう思った瞬間、僕の体は、自分でも驚くような動きを見せます。

僕は、ありったけの背筋力で、伏臥上体反らしのごとく、体を大きく反らして、がばっと、水面から上半身を起こし上げたのです。

その瞬間、腰に激痛が走りました。

声にならない痛みでした。

その動きに驚いたT君の手からは開放されたものの、再び水にたたきつけられ、沈みこんだ僕は、簡単に足がつくはずのプールの底で、たくさんの水を吸い込みながら、腰の痛みにもだえました。

水とプールの底に塗られたペンキが、ただ青く視界を埋める中で、何かにしがみつこうと、もがきながら、あちこち手を伸ばし続けました。

その後は、必死だったのでよく覚えていませんが、どうにかプールの縁にたどり着き、プールサイドへ這い上がると、腰をおさえ、うつむきながら、何も言わずにそのままプールを後にしました。

死ぬかと思いました。

それ以来、僕は無口で笑顔を見せない子供になりましたとさ。

手首が痛い。

なんか左の手首が痛い。

変化球のキレに影響が出てしまいそうだ。シーズンオフで良かった。な~んて、僕は右投げだから大丈夫。

前にも、背中が痛いとか言っていた気がする。この際、体の不調を訴えるブログにしようかな。もちろん、背中の痛みはもうすっかり治っている。だから手首の痛みもすぐ治ると思う。

ブログの副題も「体の不調を訴えるブログです」とかに変えておこうかな。

そんなの誰が読むんだよと言われてしまいそうなので、少しおもしろくするために、必ず謎かけをひとつ入れなきゃいけないことにするの。

「左手首が痛い」とかけまして、「匠にリフォームを依頼した家」とときます。そのこころは「そのうちよくなるでしょう」。

このくらいのクオリティでいいんじゃないかな。


Q5 今までで一番ラッキーだったと思う出来事は何ですか?

A:生まれてこれたことです。

それがなければ、いいこともわるいことも何も始まりませんでしたから。

僕が生まれなかった可能性の数は、数字で表せば、それこそ天文学的なものになるでしょう。

例えば、両親の間に、僕とは違う誰かが生まれて、僕が生まれてこれなかった可能性でさえ、ぞっとするくらいあったはずです。

でも、そんな途方もない数の可能性の中から、僕が今ここにいるという現実がある。

どんな可能性の低いことでも、起こってしまえば、それがただひとつの現実であるということが、不思議で仕方ないし、怖くてたまりません。

そして、これから先、どんな現実が待っているのか、全くわかりません。わかることは、これからもとんでもない量の可能性があるのに、現実に起こることは一つだけで、起こってしまえば、もうあとに戻ることは出来ないということ。その現実を受け入れることしかできないということです。

何があってもおかしくなかった過去を通り越して、今この現実がある。

僕が今ここにいることを含め、あたりまえのことなんて何もないんだなあと思います。

だからといって、産んでくれた親に感謝などと言うつもりはありません。

親は僕を産もうとしたわけではありません。生まれてきたのが僕だったのです。

言葉は悪いけど、親にとっては、僕である必要はなかったわけです。だから親に感謝するのは、育ててくれたことの方です。

僕が生まれたのは本当に偶然です。だからこそラッキーだと思うのです。

僕が生まれる必然性は全くなかった。だけど僕は生まれた。だからありがたいのです。

僕はたぶん世界に必要ない。いなくてもいい。

でも、いなくてもいいからこそ、いてもいいのだと思える。

何にも縛られずに、思う存分生きればいいと思える。楽な気持ちでいられる。


人は、生まれてきた意味を探します。

しかし、探すほど、そんなものはないということに、気づき始めます。自分だけでなく、世界そのものにさえ、意味などないのだと、気づき始める。実存は本質に先立つというのはどうやら本当なのだと。

そこには宿命も、義務もなく、ただ果てしない自由だけがあります。

自由ということは、多くの可能性から、あらゆることを自分自身で選択して行かなければなりません。そして、その選択がただひとつの現実を作っていきます。

どんな結果になっても、誰のせいにもできない。責任は自分にある。

でも、すべての意味が、あらかじめ定められた世界に生きるより、きっと、そのほうがいい。

なんでもない自分が、なんでもない世界を、自由に生きることができる。

もともと意味のない世界を、自分で意味を作りながら、生きていく。

言い換えれば、自分が主人公になって、自分の物語を作りながら生きていく。

それは、生まれてこられたものだけの特権なのでしょう。

そういったわけで、生まれてこられたことが、一番ラッキーだったことです。

二番目は、子供のころ、ドラクエのカードゲームをゲームショップで見かけ、値段が書いていなかったので店員さんに聞いたところ、「う~ん、わからないから100円でいいよ」と100円で売ってもらえたことです。


「やなこと保険」のすすめ

たくさんの人からお金を集めておいて、病気や事故があった時、そのお金を補償に当てよう、もし病気や事故やなければ、お金を払うだけになってしまうかもしれないけど、無事で健康なんだからいいじゃん、というのが保険の考え方である。

この考え方を応用して、個人的に「やなこと保険」というのをやってみてはいかがだろう。

用意するものは「やなこと保険」用の財布か、貯金箱。貯金箱なら、簡単に取り出せるタイプのほうがいい。

一日の仕事を終えて帰宅した時、もしくは寝る前に「今日も無事に終わったなあ」と思ったら、普段使っている財布を開けて、一番大きな額の硬貨(500円がなければ100円、100円がなければ50円といった具合)を一枚、「やなこと保険」用財布か貯金箱に入れる。これは、無事に一日を過ごした自分から、明日やなことがあるかもしれない自分へかける保険である。

こうして、平和な日々を過ごしていくと、500円玉や100円玉が貯まってきて、結構な額になってくる。

そんなある日、仕事で大きなミスをしてしまい、とてもつらい思いをした。

さあ、「やなこと保険」が下りるときである。「やなこと保険」に貯まっているお金を取り出して、パーっと使ってしまうのである。パーっとといっても、千円前後から、数千円分くらいかもしれないが。

欲しかったものを買うとか、寿司の出前をとるとか、ファミレスで美味しい物を食べるとか、コンビニでデザートをたくさん買うとか。その辺は予算と相談して決めればいい(そんなの毎日やってるよというもともと贅沢な人は、もう知らない。一日に貯める額を増やすとかして、レベルを上げてみればいいんじゃない?)。とにかく、予算内で贅の限りをつくすのだ。

もちろん、全額使わなくてもよい。使う金額は自分で決めていい。心の傷の深さは自分が一番わかっているはずだ。「この程度の傷なら500円で十分。残りはとっておこう」とか。

ただ、やなことがあったのなら、少額でいいから必ず使うようにしてほしい。我慢することを習慣にしてしまうと、本当に使うべき時も我慢してしまう。貯めるために貯めているのではなく、使うために貯めているお金だということを理解しておいてほしい。

まあ、毎日やなことしかないという人もいるだろうし、そのへんの基準は各自にお任せする。

「やなこと保険」のメリットは、何かあった時、心の傷を癒すだけではない。その前の段階から、保険ならではの安心が得られる。不安が軽減できる。「今日、大事な営業があるけど、失敗したら、どうしよう」の「どうしよう」の部分が「『やなこと保険』を使って焼肉を食べに行こう」などに変われば、失敗も少しは怖くなくなる。むしろ、わざと失敗してやろうと思えるくらい強気になるというものだ。

他にもメリットはある。自分の財布をチェックする習慣ができることだ。毎日、お金を貯金箱などに移すとき、ついでに自分の財布と残金が確認できる。普段、そのへんに放り投げてたり、上着のポケットに入れたままにしている人は、もしなくなっていても気づきにくものだ。それに、残金がどのくらいあるかも理解していないと、つい使いすぎてしまったりするものだ。「やなこと保険」で、自分の財布やお金をきちんと管理する習慣が、自然とついてくるというわけだ。

さあ、これで、泥棒が入って「やなこと保険」のお金を全部持っていかれてしまうという「やなこと」以外なら、「やなこと」があっても、ある程度は大丈夫だ!

同窓会だって

中学の同窓会のお知らせなるものが、いきなり届いた。往復はがきである。

「数日後、同窓会のお知らせをお届けします」というお知らせを前もって届けておいてくれれば、心の準備もできたのに、いきなりだから、結構焦る。

同窓会など、僕には関係ない話だと思っていた。それがあるのは、どこかの国の少数民族の話で、僕の生まれた地域にそういう風習はないものだと思っていた。

だが今回は、呼びたくなくても一応全員に声をかける決まりになっているらしく、僕のところにも来てしまった。

いままで一度も、同窓会のお知らせなど来なかったから、僕のことを忘れてくれたのだと思って、安心していたのに。 「天災は忘れた頃にやってくる」とはよく言ったものだ。

これを見た僕の第一声は「勘弁して下さい。どうか僕のことは、忘れてください。放っておいてください」だ。

中学時代なんて、僕にとってはトラウマだらけなのだ。碌に人と会話もしないまま卒業した学校だ。いまさら、行ったところで自分の居場所なんてあるわけがない。

そこに顔を出すなんて、まず無理だ。この気持ちは、ずっと登校拒否している生徒に近いのかもしれない。

もちろん行くつもりはない。成人式も行かなかったのだ。

そもそも、参加費の7000円。僕に払える余裕など、あるわけがない。そんな大金、どこを掘れば埋まっているのか皆目わからない。



同窓会の案内が来たくらいで、そんなに焦る必要もないのだが、いざ受け取ると、胸をかき乱されるものだ。

たとえば、幹事の女子の名前には括弧書きで、旧姓何々などと書かれている。何か苗字の変わるようなことがあったのだろう。そのことにも多少動揺してしまう。

彼女のことは覚えている。当時の僕は、そばにいる人が、みんな僕に対して腹を立てているに違いないという被害妄想の中にいた。だが、彼女は違った。彼女の隣の席になったときは、とても心が安らいだ。

彼女は、クラスの最下層の、誰にも相手にされず、馬鹿にされていたであろう僕に対してすら、とてもやさしかった。快く教科書を見せてくれたし、「隣や近くの席のひとと相談して、答えを発表しなさい」などという課題が出たときは、他の人のように僕を無視せず、笑顔で楽しそうに話を聞いてくれた。

彼女だけでなく、同級生の色々な人に、色々なことがあったんだろう。一応知っている人達の色々。それを思うと、精神が持たない。

時の流れの切なさが、ただただ、胸にしみる。



たかが、同窓会。たかが、はがき。

無視したいところだが、死亡説とか流れて、探されても迷惑だから、一応返事は出そう。

「欠席」に丸をつける。

住所や電話番号を書く欄には何も書かない。なにしろ放っておいて欲しいのだから。

その他に、何か言葉を添えた方がいいのだろうか。近況を書くとか。

「EXILEのメンバーをやっています」

いや、これだと、放っておいてもらえなくなってしまう。



結局「虫の息ですが、生きています」と添えて出しておいた。


未来を掘るモグラ

モグラは穴を掘って、進んでいた。

未来の方に向かって。

もう、どれだけ堀っただろう。

いつまで掘っても、土ばかりで、何も変わらない風景が続く。

「もう、疲れた。掘るのをやめよう」

正面の土の壁を背にして、寄りかかってみると、今まで自分が掘ってきた、土のトンネルがそこに、たしかにあった。

自分以外だれも通っていない、自分だけの道だった。

「よく、ここまで掘ったなあ、でも、何のために掘っていたんだっけ?」

自分の道のずっと奥に、想いを巡らせる。

はじめは、掘ることしかできなかったから、掘り始めた。そのころは、うまく掘れなくて、すぐに手を痛めていた。

だんだん、掘るのがうまくなってきて、手を動かして掘ることが、足を動かして進むことが、楽しくなってきたから掘り進んだ。

そのうちに、何があるのかわからないけど、このままいけば、この先に何かステキなものが待っているような気がして掘り進んだ。

「そうだった。でも今はもう」

今はもう、掘るのも楽しくないし、ステキな何かが待っているような気もしなくなっていた。

変わってしまったんだなあ。あのころとは。なにもかも。

なにもかも?

背にしていた土の壁に向き直った。

掘りはじめたころより、大きく、強くなった手で、その土をえぐってみる。

あっさりと、土は足元に落ちた。

「いや、この先に何があるのかわからないのは変わってない」

モグラは再び、穴を掘って、進んだ。

「あ、そういえば、掘ることしかできないのも変わってないや」

未来の方に向かって。


バス

あまり進んでしたくないことに、バスに乗ることが挙げられる。バスの方が早いとわかっていても、バスという選択肢は外し、歩くことがほとんどだ。

高校生の時、塾に通うため、週に数回、バスを利用していた。高校生の時の僕は、強さがカナブンより少し弱いくらいだったので、バスに乗るにも、とても気を遣った。

駅がそのバスの終点だった。塾は駅のひとつ前のバス停で降りるのが一番近かったが、そのバス停を利用する人はいつもあまりいないので、僕一人のために、バスを停めるのが申し訳なくて、他に降りる人がいなければ、駅まで行くことにしていた(駅まで行っても料金は同じだから、少しお得である)。そして、いつもそこからバス停ひとつ分戻った先の塾まで歩いていた。

当時バスには回数券的なカードがあった。プリペイドカードみたいなやつ。今もあるとは思うけど。それを買うと、一回分くらい多く乗れるし、支払いが、機械を通すだけで、簡単になる。そんな、夢のように便利なカードで、車内で運転手さんから買うことが出来る。

その日、そのカードの残高が無くなったので、新しいものを買おうと考えていた。

問題は、どのタイミングで買えばいいのかという点だ。

基本的には、赤信号で、停車しているときがチャンスなのだが、信号機もいつ青に変わるかわからない。青信号に変わっても売り買いのやり取りをしていたら迷惑になってしまう。だから、ちょうど信号が赤に変わったタイミングで停まった時などがいいのだが、中には短い信号もあるので、その時間内に支払いを終えられるかということを考えると、自信が持てなかった。

「あ、今、赤信号で停まったぞ」と思っても、運転手さんのそばまで行った途端に、信号が青に変わってしまうこともあるかもしれない。そうなると買えないし、なによりきまりが悪い。笑い物になってしまう。それを考えると怖くて、なかなか飛び出せなかった。

僕が乗ったバス停から、終点までかなりの距離があるから、信号で停まる機会は何度かある。でもその時は、なかなか、これは長い時間停まっていそうだと思えるタイミングは見つからなかった。

「あ、今停まったぞ、今なら行けるかもしれない。でも、この信号はどのくらい赤のままなのだろう?通りの大きさから考えて、あと2、30秒で青に変わってしまうかもしれない。あと2、30秒で、お金を払ってカードをちゃんと受け取れるだろうか?」

「あ、だめだ、そんなことを考えている間に時間が経っちゃったな。もう無理だ。今行ってもすぐ青になってしまうだろう、次の機会を待とう」

「また停まったな、この信号はどうだろう?う~ん。短そうな気がする。やめておこう。・・・・・・・・・・・・。まだ、青にならないな。今、行けたかもしれないな。でも、今行っても、もう遅いしな」

そんなことを何度も繰り返していた。もう、そのことばかりずっと気になっていて、座席に座っている間も、ずっと気持ちが張り詰めていた。ただでさえ、人に話しかけることには極端に緊張するし、強い覚悟が必要な僕だ。その時の緊張はがいかほどだったか、お察しいただきたい。

どんどん終点の駅が近づいていた。そこまで、約20分。もう、すっかり疲れてしまっていた。

この際、終点まで行って、降りるときにちょっと時間をもらって、そこで買ったらどうだろうと考えた。そこが、終点だから、僕がカードを買っていても、次のバス停に遅れてしまうことはないわけだし。

これ以上、赤信号のタイミングを待つのも、精神的に無理だったので、そうすることにした。

そして、バスは終点に到着。次々と降りていく乗客たち。

僕も続いて行き、支払いの順番が来たとき、5000円札を差し出しながら、「5000円の回数券をください」と運転手に申し出た。

すると、運転手はいらついた口調で

「そういうのはね。信号で停まったときとか、そういうときにしてくださいね」

と言葉を投げつけ、「はい」とぶっきらぼうにカードを手渡してきた。

血の気が引いていくのがわかった。

「はい、すいません」と、答えるのがやっとだった。

バスを降りてからも、しばらくは歩くことが出来なかった。

いったん駅で少し休んでから、こみ上げてくる涙を袖で拭いながら、塾まで歩いた。

それ以来、バスにはあまり乗りたくなくなった。いや、始めから、乗りたかったわけでもない。子どもの頃から、乗り物に興味はなかったし(乗り物酔いしやすい体質だったし)、一番好きな移動手段は徒歩である。

悪夢

朝、目が覚めて、いつものように布団の中でうとうとしていると、いつの間にか恐ろしい悪夢の世界に入りこんでいた。


僕は、どうやら学生で、修学旅行のような、団体での旅行に参加しているようだった。

旅館のようなところに入っていくと、食堂らしき広間の前で従業員らしきおばちゃんが「食事のご用意できてます」みたいなことを大声で呼びかけている。

広間に入ると、テーブルには既にお盆に載った食事がずらりと配膳されていて、生徒たちは、おのおの好きな所に座って食事を取るらしかった。

僕も、適当に端っこの方に座ろうと、端っこの席に向かって歩き出す。でも、そこには別の生徒が先に座ってしまい、僕は別の席を探さなければならなかった。

しかし、すでに多くの席が埋まっていて、空いている席はなかなか見つからない。

見知った顔の男子生徒の横が空いていたので、そこにしようとしたが、彼は、僕が席を探しているのを一瞥すると、あとから来る友人のためか、そこに手荷物を置いた。そこもあきらめざるを得なかった。

そうだ。僕には友達がいないから、いつもこうなるんだった・・・・・・。

空いていそうな席を見つけても、「そこ空いてる?」と聞くのが怖くて、ためらっているうちに、どんどん席は埋まっていく。

少し離れたところに、空席を見つけたが、そこは女子生徒が固まって座っているテーブルの女子のグループとグループの間に自然に出来た一席で、そこに座るのは嫌だった。

他を探さなきゃ。見回すと、みんな楽しそうにワイワイそれぞれの友達と話している。

そうしているうちにも時間は過ぎ、どんどん選択の余地はなくなっていく。

こんなことなら、食べ物なんていらないのに・・・・・・。

絶望的な気持ちで、あてどもなく、さまようしか僕にはできることはない。


我ながら、驚くほどリアリティのある夢だと思う。

それもそのはずだ。僕は実際に、毎日そういう学生生活を送っていたのだ。

団体行動では必ずそういう目に遭う。バスに乗ることになれば座る場所はなく、屋根の上の方がどれだけ楽だろうといつも思っていた。

久しぶりに「あの気持ち」を思い出した。

今もこの国には、あの頃の僕のように「あの気持ち」で苦しんでいる人がきっと大勢いるのだろう。

僕に、彼らを救うことはできないだろうか。いや、「救う」などおこがましいことは言いたくない。彼らには自分で道を切り開く力があるはずだ。それをどうにか伝えたい。

僕が生きているうちに、その仕事はやりたいと思う。

人気の投稿