A:今年のテーマは「修業」です。
「強くなる」にしようかと思っていたのですが、それもひっくるめて「修業」にしようと思います。
肉体的にも、精神的にも自分の弱さと完全に決別したいというのが今年の目標です。
昔から、自分の弱さは大いに悩みの種でした。
子供の頃、サッカーでどけと言わんばかりに体で押してくる奴とか「何でそんなひどいことができるんだろう」と不思議で仕方なかったです。
そうして泣かされて家に帰っては、目の下にくっついた砂よごれをみた母親に「また泣いたの?」と聞かれる日々。
中学では先輩にいじめられて泣く毎日。
高校では、誰とも話ができず「何でこうなってしまったんだろう」と部屋で一人泣く日々。
大学では、「今日こそたくさんしゃべって、楽しく過ごすぞ!」と意気込んで、飲み会に出かけては、帰ってきて泣く日々。
同級生が就職を決めていく中、対人恐怖で人と会話が出来ない人間にとって、就職など、どこか遠い国の名前でした。
このままでは生きていけないと実感した僕は、声の出し方から勉強するためにアナウンスの専門学校に通い、生きるための勉強を始めました。
その後も、生きるための勉強を続けてきたわけなのですが、そろそろ、それも卒業出来そうだという実感が持てるようになりました。
もちろん、生きるための勉強に終わりはないのですが、「弱さゆえに生きられない」という状態からは今年で決着を付けたいです。
具体的には、誰が相手でも、萎縮せず、自分の意見を言える。オドオドしない。平常心を保つ。心が乱れても、すぐに戻れる。自分の生まれつきの弱さを言い訳にしない。
そんなところを一年かけて勉強や試行錯誤をしながら目指したいです。
それで、なぜ「修業」なのか。
内田樹先生の『修業論』を読んだところ、「修業」は、トレーニングとは違って、理論に基づいて「強化」するのではなく、実際にやってみて、初めて新しい感覚をつかむものだということが書かれていて、「強くなる」より、「修業」の方が今の僕にとって必要なんじゃないかと直感したからです。
歯を食いしばって頑張るみたいなことではなく、余分な力を抜いて、冷静に淡々と、面倒、辛い、嫌だと思ってしまいそうなことも、まるで当たり前のように、心を乱さず行う。そんなイメージが僕の「修業」です。苦しむ必要も、努力する必要もないのです。
修業として具体的にやりたいことは
・毎日、朝7時に起きる
・朝、読書をしたり、勉強をする
・筋トレをする
筋トレは理論に基づいた「強化」なのですが、筋トレによって体や気分がどう変わっていくのかは、実際やってみないとわからないので、それは「修業」のうちかなと思います。
もちろん、僕の本職の、執筆業なども、普通にやっていきます。もとい、修業の精神で、まるで普通であるかのようにやっていきます。
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