俳句をやる人=真面目

僕は自分のことを真面目だと思ったことはない。

真面目な人だと誤解されている節があるけど、少なくとも自分では真面目ではないと思っている。

真面目な人は俳句をたしなむ。でも、僕は俳句を詠まない。このことからも、僕が真面目でないことがわかる。

俳句を好む人を見ると「真面目だなあ」と思う。

俳句って、「趣深いですねえ」みたいなのを感じる言葉の芸術ってことだと思う。もちろん、その良さがまったく分からないとか、何も感じませんということはない。

ただ、俳句は、なにか欲望をかき立てられるとか、胸が熱くなるとか、ゲラゲラ笑ったり、ドキドキするようなものではない。マンガとか、テレビとかに目を向けると、正直こっちの方が楽しいと思う。

「俳句をやるくらいなら、他に楽しいことがいくらでもあるのに」が本音である。

そういう感覚だから、俳句をやる人は、堅苦しい大人の趣味に我慢して付き合える人というイメージであり、すなわち真面目だなあと思うのである。

また、五七五と季語というルールに従うみたいなところからも真面目さがうかがえる。

実際、バイクが好きな不良はいても、俳句が好きな不良はいないと思う。

だから、僕の提案として、いままで曖昧だった「真面目な人」の定義を、「自らすすんで俳句をやる人」ということにしたらいいと思う。


執筆は重労働

一昨日はゆっくり休んだ。まだ体調は万全ではない。でも、これ以上休んでもいられないと、昨日執筆を2~3時間くらいやった。頭がずーんと重くなる。

たった2~3時間でも、このダメージ。執筆は結構な重労働なのだと改めて思う。

「読む方はいいよな、こっちはこんなキツい思いしてるのに、好き放題言えばいいんだから……」などと好き放題言われたわけでもないのに、グチりたくなるくらいにはしんどかった。

4月終わりくらいから、30日早起き企画をやっていて、それが若干睡眠時間を削ることになり、早起きしてできた時間で執筆をしていたから、それが疲労を蓄積させる原因となった。

それが最近の激しい疲れの正体だと思う。

しかし、早起きして、コンスタントに執筆というのは、長年目指していたスタイル。

なんとかその生活に耐えられる体になりたい。

ちょうちょ結び

靴のひもを結ぶとき、「ちょうちょ結び」をする。リボン結びとも言うか。

小さな子供だと苦手な子も多いと思う。

まず一本のひもでウサギの耳みたいな形を作って、もう一本をぐるっと一週させて……みたいな教え方をされて、けっこう複雑だと思った記憶がある。

僕はある程度器用さがあったから、そこまで手こずらなかったけど、縦結びになるかどうかは運次第みたいなところはあった。

縦結びになっても「これがいなせなんだ」ということにすればいいので、特に問題はない。問題は結べるかどうかだ。

単に、両方のひもを二つ折りにしてから普通に結べば、それがちょうちょ結びなんだということに気付いたのは、結構大人になってからである。

「なんだ。そういう風に教えてくれればよかったのに……」

まあ、そう教えられた子もいるんだろう。でも、そう教えられずに今も苦戦している子がたくさんいるかもしれない。

新しい靴を買って、靴紐を結んでいるとき、そんなことを思った。

ニュースやめる

例えばここに、福岡伸一先生の『生物と無生物のあいだ』という本がある。

前からずっと気になっていて、読みたいなあと思っていた本。読まないまま、もう何年も経っている。

まだ読めてない本がたくさんある。反省しなければいけない。

ニュースサイトなどを見る時間があるなら、これを少しでも読むべきなのだ。

もうニュースを見ない。見ないというか、朝少しニュースをチェックする時間を作っていたけど、それをやめる。ニュースに時間を割かない。何かの待ち時間とかに見るにとどめる。

で、どうやってニュースを知るかというと、ラジオで聴く。伊集院さんの朝のラジオのニュースコーナーで聴く。それで十分だ。

世間のことはあまり知らなくていい。でも『生物と無生物のあいだ』を知りたい。なんか、そっちの方が大切な気がする。

悔しいんだよ

最近ずっと疲れている。ここ2~3週間くらいかな。

執筆も難しいところでずっと止まっていて、これを打開するには大きなエネルギーが必要なのだけど、疲れていて、それを打ち破るだけの気力がない。

なにか激しい運動とか大きな仕事をしているわけでもないのに、こんなにへばっている。情けなくて、悔しくて仕方ない。

何がよくないのかわからない。

やはり食べ物か? エネルギー不足? もっと食べた方がいいのか? 

でも、たくさん食べるとすぐ内臓がくたびれて、ますます体調が悪くなるから、食べた方がいいのか、食べない方がいいのかわからない。

今日もトレーニングはしたけど、力が出ないから、なんかはかどらない。楽しくない。辛い。

こうやって、トレーニングをしても、頭は休めという命令ばかり出してくる。

もともと筋肉も付きにくい体質だ。こうやってトレーニングをして少し筋肉を付けても、脳はさらなる疲労を感じさせて、付けた筋肉が落ちるまで休ませるつもりなのだろう。

食物を吸収して脂肪や筋肉に蓄えるということをしない、その分小さなエネルギーだけでできることしかしないように、脳が必死で活動を抑えようとする。

なんでこんな弱っちい体質なんだろう。

まるで、自分の意思に反して、体が少しずつ、消えるために事業を縮小しているように思えてくる。

冗談じゃない。

俺は生きたいんだよ。

勝手に弱くなろうとするなよ。

まあ、とにかく疲れているんだと思う。だから、そういうネガティブな気持ちになるんだろう。

でも、休んだ方がいいのか、もっとハードにトレーニングした方がいいのかもわからない。

ただ、ここで休んでしまうと、休んでばかりいる自分が許せなくなるので、6月は死ぬ気でトレーニングする。疲れてても、無理してやり続ける。

もう誕生日やめる

今年から、誕生日は関係ないことにする。無視する。

祝い事とか、何歳の抱負とか、もうやめる。自分に誕生日プレゼントとか買ってたけど、もうやらない。

変わった人だと思われると損だから、人が祝ってくれるなら素直に受けるけど、自分からは何も言わない。何もしない。

その代わり、自分で本を出したときの出版祝いとか、そういうのこそ、ちゃんとやる。

足の指、気持ち悪い。

「自分との約束のネバーランド」に関しては、勝手にやっていることだから、特に報告はしない。

だから、今日は、特に言うことはない。

自分の足をじっと見ていると、なんか気持ち悪いと思う。

足って、靴下を履いていたり、靴を履いていたりして、普段は隠れてるから、改めて見ると、「変なの!」って思う。

なんで5本指があるんだろう? 全部つながってて、亀の手みたいになっててもいいのに。

親指はともかく、残り4本は一本一本爪があって、それが大きな目みたいに見える。一つ目のムーミンのニョロニョロ的な生き物が並んでこちらを見ているような気がする。

自分の足の人差し指だけじっと見てみると、慣れ親しんだ自分の体の一部とはとても思えない。「誰だお前!」ってなる。

自分との約束のネバーランド

最近実感するのが、勉強不足と体力不足。

現状維持ではなく、もっと成長したい。向上させたい。6月は執筆以外では、そこにすべてを注ぎ込む。

まず、6月の30日を、3日ずつ(10個)の食べやすい大きさに分ける。

その3日間、6つ約束事を決めて、全部守ることにする。6つに深い意味はない。6月だからなんとなく。

約束事は3日の内にやることでもいいし、3日間続けることでもいい。

ただし、今回はなるべく「早起き」みたいな整える系ではなく、体力、知能、技能などを成長させるためにプラスになる内容にする。特に読書、勉強系のミッションを多めにやりたい。

3日で6つのミッション攻略を目指す。それを10回繰り返す。

3日間の約束が守れたら『約束のネバーランド』を1冊買っていいというルールにする。最大で10冊買える計算だ。

「自分との約束を守り続ける」というのがテーマである。

他人との約束は破っても、自分との約束は破ってはいけないとみうらじゅんさんも言っていた。「逆だろ?」と思う人は凡人の域を出ない。自分との約束の方が大事なのである。(もちろん他人との約束もおろそかにしない方がいいけど)

この一ヶ月で、僕は、自分との約束を守れる人間になる。そういう人間であると、自分自身に証明する。たどり着くその場所のことを僕は「自分との約束のネバーランド」と呼ぶことにした。6月が終わるとき、僕はその場所にいるはずだ。

約束のネバーランド

少し前、Amazonプライムの動画でアニメ版『約束のネバーランド』を見る。

少年ジャンプの連載作品で、評判の話題作。

第2話まで見たところで、僕の頭の中のノーマンがストップをかける。

(待って、エマ! これは、噂通り、面白いやつかもしれない。原作は未完だから、アニメを全部見ても、結末までは分からない。となると、アニメで見たとしても、続きが気になって、単行本を買ってしまう可能性が高い。だとしたら、二度手間になる。最初からマンガで読んだ方がいい!)

(でも、原作の単行本は14、15巻くらいまで出ているっぽい。全部買うのは大きな出費だよ)

(レイはどう思う?)

(なら、こうしたらどうだ? まず、第1巻は先日の30日早起きを達成したご褒美として購入。第2巻以降は、6月の頑張り次第で読める仕組みにする)

そして、僕の『約束のネバーランド』をかけた戦いが始まる……。

詳しくはまた明日。

LG21

最近ラジオでLG21のCMを何度も聴かされているため、「胃で働く乳酸菌♪」が頭から離れなくなってきている。



この曲は『ボギー大佐』という曲なんだけど、「サル、ゴリラ、チンパンジー」と歌われるため、ほとんどの人が正式な曲名を知らず、サルゴリラチンパンジーとして覚えているやつだ。

なんで「サル、ゴリラ、チンパンジー」という歌詞がつけられたのか、調べてみたけど、はっきりしたことは不明らしい。どこかの誰かが歌い出したのが、感染して広まったのだと思われる。

それにしても「サル、ゴリラ、チンパンジー」のふてぶてしいまでの居座り方。お前らのために作られた曲じゃないんだぞ! と、いくら言ってもどいてくれない。

元々歌詞のない曲に「サル、ゴリラ、チンパンジー」を当てはめただけなのに、これ以上ピッタリくるものはないと思えるし、あったとしても、もはや「サル、ゴリラ、チンパンジー」の替え歌としか思われない。

ちなみに「胃で働く乳酸菌」というのは、2500種類の乳酸菌の胃での働きを一つ一つ調べて見つけ出した、なんかすごい乳酸菌。酸性の強い胃の中でも死滅せず、増殖さえするらしい。

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