ありがとう、いいダンベルです

注文しておいたダンベルが届いた。10キロのやつ、2個セット。合計20キロ。

おじさんが重そうに持ってきてくれた。

「ダンベルなんです」と説明。説明しなくても、箱に「ダンベル」と書いてあった。

「体鍛えるの?」なんて聞かれたので「はい」と答えた。「はい」か「いいえ」で答えられる質問のうち、これほど「はい」しか選択肢のない質問はない。「いいえ」の状況があまり思いつかない。「いいえ、観賞用です」というパターンはまずないだろう。

開けてみたら、いいダンベルだった。ずっしりしている。見た目もいい。

もし、重さが10キロで足りなくなったら、20キロのダンベルを買わなくても、プレートだけ買えばいいということに気づいた。他社のでも、シャフトに合う穴のやつを買えばいいだけだ。

ネットとかで調べると、はじめから、20キロを買った方がいいというアドバイスもあったけど、10キロで正解だった。


何だったんだろう、あのドラマのワンシーン

テレビで、面白い番組やってないかザッピングしてる途中に見たドラマのワンシーンが、後になってものすごく気になるということは、きっと誰にでもあると思う。

僕にはそれで、ずっと気になっているのがある。

もう、おそらく20年近く前のドラマだと思う。1994~1996の間くらいじゃないかと思う。連続ドラマなのか、2時間サスペンスなのかも、何チャンネルだったのかも分からない。時間は夜の9時台だった気がする。

一人の男がパソコンの前に座り、カタカタとやっている。すると、パソコンの画面に表示された文字がどんどん消えていく。

うしろにいるもう一人の男が「消さないでくれえ、消さないでくれえ」と泣きながら懇願している。しかし、それが聞き遂げられることはなく、どんどん消されてしまう。

そんなシーンだった。おそらく大切なデータかプログラムを、ひどいやつに消されてしまってるんだな、うしろの人かわいそうにと思ったのだけど、そこだけ10秒位見たところで、母が「なんだこりゃ」とチャンネルを変えてしまった。確かに「何だこりゃ」でチャンネルを変えるためにあるようなシーンである。

だが、それからも、そのシーンは時折、僕の頭に蘇ってきた。

その度に、疑問ばかり湧き起こる。

「あれは一体何のドラマだったのだろう」
「あれは、何のデータだったのだろう」
「一人の男は、なぜ、データを消していたのだろう」

データを消しているやつの消し方も、一文字ずつデリートキーか何かで消しているのも気になる。消すなら、一気に消す方法あるんじゃないかな? それとも、昔のパソコンだから、今のウィンドウズみたいに全部選択して消すとか、ファイルごと消すみたいな機能がないのかな。ただ、少しずつ消えていく感じが、余計に陰惨で、なんとも見ていられないような気分になるシーンだった。

「消さないでくれ」と言っている方のやつは、なぜ、見てるだけなのか。羽交い締めにしてでも止めればいいのに。体を縄で縛られていたのだろうか。僕が見た僅かな時間では縛られていたかどうかまではわからなかった。それとも、立場的に見ているしかできないのか。前後を見ていないから全くわからない。

ちなみに俳優さんも、当時の僕の知らない人だった。

ネットで調べて出てくるとも思えないし。永遠に謎のままになるんだろうな。

「伊集院光日曜日の秘密基地」というラジオ番組で、そういう、何だったのかわからない、昔のあやふやな記憶とかを、知っている人から情報をもらって補完してくれる「秘密キッチの穴」というコーナーがあった。このことを思い出すたび、それに頼りたい気分になる(僕の場合、あやふやな記憶ではなく、完全に知らないからコンセプトが違うかもしれないが)。もう番組終わっちゃってるけど。

今だと、ヤフー知恵袋とかに質問すればわかるのかな。

でも、そこまでする気もないんだよね。

Q70 いつも見ているテレビ番組を教えてください。

A:見ているのは

・探検バクモン
・ワンピース
・日曜×芸人

です。

それと「タモリ倶楽部」はラテ欄で内容を確認して、面白そうだったら見ます。

それ以外は一切見ないので、すごく世間知らずです。

日曜芸人のゲストで出ていたダレノガレ明美が何の人なのか全然わかりません。

ダンベルを買う

筋トレをやろうと思って、ダンベルを買った。

10キロのやつを2個セットで。

前から欲しかったんだけど、僕も気をつかう方なので、ネットでそんな重いものを買ったら、配達の人に迷惑をかけるのではなかろうかと思うと、なかなか踏み切れなかった。

かと言って、自分でお店まで買いにいって、歩いて帰るとなると、重さに耐え切れず、途中で力尽き、道端でダンベルが持ち上がらず、行くも帰るもできなくなっている痩せた男という、通行人が指をさして笑いそうな状況を提供することになりかねない。

そこまでいかなくても、かなり辛いのは間違いない。

10キロのダンベルも、もっと軽量化が進めばいいのにと思う。

隣がダンベル屋さんだったらよかったのにと思いながらも、今日、結局アマゾンで注文してしまった。もちろん、まだ届いてないけど。

配達の人よ、恨むなら、近所の「中村商店(仮)」とかを恨んでくれ。そこが「中村ダンベル店」じゃないのがいけないのだ。

アマゾンで買うと、いつも、小柄なおばちゃん(おばあちゃんと言ってもいいくらいの)が届けてくれるから、ますます申し訳ない。

しょっちゅうアマゾンでものを買ってるおかげで、その人とはすっかり顔なじみだ。

だから、気軽に「ちょっと思いから運んで」と声をかけてくれれば、車から部屋までは運ぶつもりなので、そうしてもらえるとこちらも気が楽だ。

もし将来10キロで足りなくなって、20キロのダンベルを2個買うことになったら、さすがに怒られるかなと今から心配している小心者の僕だが、一応予定では片方10キロで、筋力アップをやるだけやったら、それ以上増やさず、その筋肉を維持する方向でいこうと考えている。

GReeeeNとファンキーモンキーベイビーズ

僕ももう、残念なくらい老人である。

「GReeeeN」と「ファンモン」の区別がつかない。

GReeeeNの曲とファンモンの曲がごちゃごちゃに入っている箱を渡されて

「一曲一曲聴いて、GReeeeNの曲はGReeeeNの箱、ファンモンの曲はファンモンの箱に分けて入れておいて」

という仕事をもらっても、まったく出来る気がしない。

「僕、鑑定士の資格、持ってないんで」と言って断るしかない。

と言っても、いままでそんなに興味を持っていなかっただけで、ちゃんと調べれば、ぜんぜん違うことがわかるだろう。

そう思って、ユーチューブで何曲ずつか聞いてみたが、予想以上に似ていた。ますますわからなくなるくらい。

「え~、ぜんぜん違うよ」と若い人は言うんだろうな。

とりあえず、GReeeeNのメインボーカルと思われる人のハイトーンを聴くと、そこで区別できそうだ。

ファンモンの歌詞は感動できるものが多いようだが、僕くらいの歳になると、こういう感じの言葉は、飽きるほど聞いてきたため「若い人にはいいんでしょうね」くらいの感想しか抱けないのが本音だ。

ただ、調べてみたら、ファンモンはもう解散したらしい。

区別を付けなきゃいけない事態にはならずに済みそうだ。

Q69 何か持病はありますか?

A:ほぼ健康です。

が、結構昔から、痔がありました。おしりにかゆみを感じるくらいの、そんなにひどい症状ではなかったので、医者には行かずに「治れ」と念じるなどの自己療法で対処していました。

しかし、ある日、試しにプリザエースを塗ったら治りました。夜塗っておいたら、朝にはきれいに治ってました。

これは、うれしかったです。

今日も、たまに再発したり治ったりを繰り返していますが、プリザエースが効くのでそんなに心配はしていません。ありがたいです。

プリザエースには足を向けて眠れません。ケツの穴にこすりつけるなんて失礼なことはもってのほかだと思います。

といいつつ、再発したらまたお世話になると思います。

三井寿

かなり悩んだが、もしスラムダンクの三井寿の声優の話が来ても、断ろうと思う。

あの名台詞「安西先生、バスケがしたいです」をどういう風に言えばいいのか。

何度読んでも泣ける名シーン。頭の中では、いい感じに出来るのに、実際やるとかなり難しい。

しかも、大勢のファンが見るであろうことを思うと、下手な芝居は出来ない。すごいプレッシャーである。

もう、そのことに悩んで食事も喉を通らないし、間違いなく円形脱毛症にもなる。

荷が重すぎる。

ちなみに実際にアニメで三井を演じたのは置鮎龍太郎さん(「おきあゆ」が読めて安心してると「りょうたろう」を「りゅうたろう」と読んでしまうという2段構えの引っ掛けになっているので注意が必要だ)。聞いたことがある。かなり有名な人だろう。よくやったなあ、さすがプロだと、尊敬してしまう。

僕はアニメ版を見てないので、そのシーンがどうなっているかはわからないけど。

僕がやるとしたら、「安西先生」は泣きながらなので、はっきり声を出さず、地声を少し混ぜつつ、ささやくように、そして、しばらく息を整えてから、感情を抑えた低めのトーンで割と普通に「バスケが、したいです」かな。まあ、その辺は演出家の意見もあると思うけど。自由にやっていいなら、そういう感じでいこうかな。

まあ、話が来ても断るんですけどね。

いや、その前に僕に話は来ないんですけどね。

いや、そもそも、もう昔、置鮎さんでやっているので、話自体が無いんですけどね。

Q68 自分のことをポジティブだと思いますか?

A:ポジティブがいいと一般的に言われています。

確かにネガティブは良くないと思います。多くの人が、ネガティブに考えすぎるあまり、自分を責めて、苦しめて、辛い気持ちで日々を過ごします。僕もそうでした。

でも、ポジティブを目指したいとも思っていません。ネガティブに考えないことと、ポジティブに考えることはイコールではありません。ポジティブ教の信者にはなりたくないのです。

ネガティブにしか考えられないのも、ポジティブに考えなくちゃいけないと思うのも、どちらも自由ではありません。

僕が目指すのは、頭を自由にすることです。

思い込みを捨てること。常識を信用しないこと。決めつけないこと。何にもとらわれず、正しくものを見ること。でもあえて間違った見方もできること。

ポジティブに考えること。でも、あえてネガティブにも考えられること。

いろいろな角度から、いろいろな立場から、様々な解釈で物事を捉えられるようにすること。

無数の見方が出来て、その中から自由に選び取れること。それが僕の目指すところです。

それはとても簡単なことではありません。勉強が必要ですし、訓練も必要です。

成功者は皆ポジティブだと言われていますが、もしポジティブが成功の条件なら、僕は成功者を目指しません。頭の自由を目指します。そちらのほうが優先です。

Q67 現世は残念でしたけど、もし、生まれ変われるとしたら、どんな顔になりたいですか?

A:加藤晴彦みたいな顔にしてほしいです。

昔、この質問にそう答えたら、意外だと言われました。あまりにもかけ離れているからでしょうか。

でも、顔が加藤晴彦だったら、僕のしたい表現は遠慮なく、何でも、全部できるのです。髪型も、もっと、カッコよくできるし、どんどん人前に出ていけます。

したいことが、遠慮なく何でもできる人生って、どんなものなんでしょう。

でも、そうではないので、遠慮して、なるべく端の方を歩いたり、控えめに生きることにしています。

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