お金について考えたこと(後編)

前回は、基本的な考え方を示した。これによって、僕の中の稼ぐことへの抵抗を取り除くことができた。

だが、結論が「がんばってお金を稼ぎましょう」というのでは、普通すぎる。みんなやってることだし、子供でも思っていることだ。

ここから、さらに、僕の気持ちも加えて、もう少し考えを発展させたい。

つまり、誰にとっても、お金とうまくつきあうことが重要であるというのが、前回。今回は、僕にとってお金とはという話である。

僕が、本当に望んでいることや、求めていることはなんだろう。

お金は、どんどん稼いだ方がいいとわかっても、やはり、僕にとって、どうやってもお金が一番大事という気持ちにはなりそうにない。

お金があるならあるで、ないならないで、楽しめる。それゆえ、あまりお金の心配をせずに、生きていける。そういうお金から自由な人を目指したい。

「お金がないと幸せになれない」などという人は、「私には工夫する力がありません」「質素な暮らしを楽しめません」「自分では幸せは作れません」と言っているのと同じだ。発想の転換で、貧乏なら貧乏な状況もそれなりに楽しめるはずだ。「こんな低コストでこんなに楽しめた」みたいな喜びは、お金がないからこそ味わえるものだ。実際、僕はそういう楽しみ方を結構実現しているので、あまり貧乏を苦にしていない。負け惜しみではなく、正直な気持ちだし、それはそれでいいのだろう。

そういうことを踏まえて、お金とのつきあい方で心がけることをまとめてみた。

①お金はお金である

お金について考えるために参考にした本田健さんの本によると、健康にお金とつきあっている人にとって、お金は紙と金属に見えるらしい。

そうあるべきなのだろう。僕としても、それが望ましいと思う。お金に限ったことではなく、物事を色眼鏡を書けず、フラットな目で見ることは、重要だと思うし、好きなことでもある。

つまり、お金を力の象徴とか、幸せの尺度とか、人の価値とか、そういう得体の知れないものに置き換えて考えたりしないということだ。人をお金で見ないということだ。


②お金を「目的」にしない

お金は何かのための「手段」であると考えて、「目的」にはしない。

基本的に、お金は生きるため、食べるための「手段」ということが、価値として大きなウエイトを占めるものだ。

それがいつの間にか価値が逆転して、生きるのは当然として、生きることを言い訳にして、お金を稼ぐことが目的になりがちである。でも、本当に目的にすべきは生きる方である。

お金のために生きるのではなく、生きるためのお金であると考えたい。

「なぜお金を稼ぐのですか?」という質問に、「さらにお金を稼ぐためだよ」と回答するのは、お金が目的になってしまっている感じがする。僕から見ると、それは悪いとは言わないが、少し寂しい。


③自分で稼ぐお金を大切に使う

お金には、お金を増やす力もあるという。投資とか、利子とか。本当にお金のある人というのはそういう手段でお金を増やしているようだ。

でも、僕は、お金を「目的」にしないので、これらの手段でお金を増やすことを、狙わない。つまり、マネーゲームには手を出さないようにしたい。まあ、銀行にお金を預けてたら利子が付いたとか、結果的にそうなることはあると思うけど、「狙わない」ということで。投資とかは、リスクもあるだろうし。

「いい儲け話がありますよ」と持ちかけられても、「いや、僕は、自分の力で稼ぐ以外のお金に興味はありません」と断ることにする。そうすれば、それが本当でも、詐欺でも、悔いはないだろう。

お金の力で稼ぐのではなく、自分の力で稼いだお金を、大切に大切に使っていきたい。その方が、幸せを実感できる気がする。僕は、いつか本を出したいと思っているけど、その本が売れてもらえたお金なんて、うれしくて神棚に供えたいくらい大切に思うのだろう。ただ、神棚がないので、そのお金で神棚を買ってしまうかもしれない。


④人とどう付き合うか考える

お金とのつきあい方は、人とのつきあい方と密接な関わりがある。

お金のやりとりは、つまり、人から受け取るということと、それを返すということ。それに対して、どういう態度をとるか。お金の問題は、コミュニケーションの問題である。

僕の場合、人に対して遠慮しているから、お金に対しても遠慮してしまう。結果、貧乏である。そういう面もたぶんある。

だが、僕はどんな人とも、気軽に話せて、仲良くできるタイプでもない。そこで、人とどう折り合いをつけていくかをテーマにコミュニケーションについても今後、深く考えていきたい。


⑤体も、お金も、標準よりちょっと痩せてるくらいが理想

今のところ、体型的にも、お金的にも、平均よりちょっと下くらいが理想かなと考えている。

無駄がなくて、身軽で、動きやすく、健康的で、機能美にあふれた感じ。お金で言うと、あまり多くても、回しにくいので、やや少なくても、知恵を絞ってカバーするくらいがちょうどいい気がする。

『エンディングダイヤリー』で知られる、流通ジャーナリスト金子哲雄さんのプロポーズの言葉は「年収300万でも年収600万の暮らしを約束します」だったらしい。かっこいい。僕もそういう感じでありたい。

僕は現状、体型も、お金も平均よりだいぶ下なので、人から見ると、ややみじめに見えるだろう。人からの評価はともかく、今のままではやや、エネルギーに欠ける。よりよく生きるために、体重と収入は増やすつもりだ。


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