ドラクエウォーク再開

今年こそ夏バテしないように、夏本番に備えて、夏練習の今の時期に体力を付けることにする。

そのために、自粛していたドラクエウォークを再開する。

今年こそ、夏を乗り切って「夏場×」の特殊能力を返上してみせる。

堀江貴文さんについて


読むとがっかりするくらいどうでもいい話なんだけど、ニュースを見るとホリエモンこと堀江貴文さんがこんなことを言ってるみたいな記事が、毎日のように出てくる。

それは、僕が堀江さんの記事を読むせいで、Googleが「この人はホリエモンに興味あるんだな」と送り込んでくるのか。あるいは、単純に堀江さんに関する記事が多いのか。

堀江さんとは、意見が合うときもあれば、合わないときもある。自分と意見が合うときも合わないときもあるのは、ほとんどの人がそうだろう。

先進的な意見を言う人なので、参考になることも多いけど、言葉が強くて不愉快になることもある。

なんにしても、堀江さんは、僕にとってそれほど特別な人でもない。にもかかわらず、この人の意見ばかり聞かされるのはフェアじゃない気がする。

堀江さんの発言に関する記事をブロックしたいような気もするけど、まあ、嫌っているわけでもないから、ブロックするのも不自然だし、実際、気になって読んでしまうことも多い。

そのせいでまた「あなたの好きな、ホリエモンさんの記事入ってますよ」みたいな感じで持ってこられているのだとしたら、正直やめて欲しい。なんとかならないものか。

甲子園中止

甲子園中止についていろいろ考えてた。

開催したら、「野球だけ特別なのか」という批判もあるだろうと言う。

それに関しては「野球だけ特別だ」でもいいだろうと思う。そのくらいの国民行事だから。

でもやっぱり、それでも、治療の難しい今の状況や、肺炎の苦しみの中、家族にも会えず死んでいく人のことを考えると、可能性が低いとしても、やりましょうとは言えない。命には代えられない。

まして、感染力の強さとかを考えると、可能性が低いとも言い切れない。

実施を決めれば、そのために多くの人が動かなければならないから、間接的な影響も大きい。

実施するためのガイドラインを一生懸命作っても、スポーツの熱狂の中、守ってもらえる保証はない。

僕が、高野連の立場だったら、申し訳なくて、選手の顔をまともに見られなくなるのかもしれない。

高野連の人達だって、高校野球は好きだろうし、一番やりたいと思っていると思う。楽な道を選んだわけではないと思う。

やってもやらなくても批判される。辛いだろうなと思った。それだけ。

自転車のタイヤを乗せる台の意味

マンションとかに、よく、自転車用のスタンドがある。

低いのと高いのが交互に並んでて、タイヤを乗せるやつ。

僕は自転車を持ってもいないから、いままであまり気にしてなかったけど、あれって、何のためにあるのかなと、ちょっと気になった。

だって、わざわざ、自転車を持ち上げて、そこに乗せるの面倒じゃん。ない方が自由に停められるから、いいんじゃないかって。

わざわざ設置されているってことは、何か意味があるはず。

で、考えた。僕なりに答えを出した。

管理のためってことがあるかもしれない。その台に乗っていない自転車は、不法投棄というか、許可されてない自転車なので、ずっと置いてあったら撤去しますよということにできる。人の所有物は勝手に捨てられないけど、そういうルールにしてしまえば、片付けられて、環境が乱れなくて済む。

だとしたら、なぜ、低い台と高い台があるのか。全部低い方が楽なのに。

あ、そうか、ハンドルか。

横に並べて自転車を停めると、ハンドル同士がぶつかって、思ったほど台数が停められないから、高低差を付けて、ハンドルがぶつからないようにすることで、台数を停められるようにしようということか。

合ってるかどうかわからないけど、スッキリした。

疑問に思うことを調べることもあるけど、自分で勝手に解決することもある。

でも、やっぱり、全体的に見ると、あの台はない方がいいような気はする。

グチ。ネットがつながらない。

ネットが頻繁に途切れる。僕はWiMAXを使っているのだけど、最近特に頻繁に途切れる。

自宅待機の人が多いから、WiMAXも利用者が増えているのかもしれない。混雑しているのかも。

今光回線を引いても、どうせ近いうちに引っ越すしと、引っ越しをすることを見越して、WiMAXを使っているみたいなところがある。

早く引っ越しをして、高速回線を引きたい。

で、それまで、どうしたものか。

ほとんどクラウド管理なので、ネットがつながらないと、なんの仕事もできなくなる。最近は音楽をかけるのも、GooglePlayMusic。音楽も聴けない。

ネットがない環境でもある程度仕事ができるように、パソコンをオフライン対応させなきゃなと感じたのが一つ。

WiMAXが無理となると、スマホからのテザリングということになる。

今、とりあえず、それでつないでいる。

スマホのテザリングも、パソコンでガンガン使うと消費通信量は多くなる。

月に1G(ギガ)のプランで安く使っているのだが、3ギガのプランに上げて、もっと遠慮無く使える体制にしておいたほうがいいのかもと考える。おそらく数百円の差で1ギガから3ギガにできるはずだ。

で、OCNモバイルONEのアプリからコース変更で、3ギガプランに変更をしようと思ったら、プラン変更の手続きはできるのに、料金が書いていない。

料金がいくらかわからないのに、プランを変更できるわけない。

なんというか、前も、OCNモバイルのプラン変更では苦戦している。必要な情報が見つかりにくいのだ。

OCNモバイルONEのそういう所がダメ。おすすめできない。

スマホの会社も変えたくなってきた。

Notionを使い始めて数日

かなり使用環境が整ってきた。

日々の記録に関することだけを集めたデータベースをもうけ、そこに、こうやって日記を書く。

書いた日記はそのままコピーして、「世界展」で公開することができる仕組みができた。

また、todoだけを集めたデータベースも作り、「調べたいこと」タグで疑問に思うことをリストアップ。調べた内容をページにまとめ、そのまま「ぎもんうりば」で公開できるシステムも作った。

他にも様々なサービスをNotionに置き換える方法を検討したりしている。かなり楽しい。

Notion以外にも、ここ数日、自分の中でいろいろ改革が起こっている。1~3月が不調で「何か変えなきゃ」というところからの改革なのだけど、ちょっとずつ、復調していて、Notion作業に時間を使うのがもったいない気もしている。

大まかな仕組みを作ることはできたので、これから、他のツールからNotionへデータを渡す作業など、コピペ中心の作業がたくさん待っている。1~3月の不調期にこういうクリエイティブを必要としない作業ができたらよかった。

まあ、急いでやる必要もないので、それらの作業は1年くらいかけてゆっくりやればいい。

「Notion」がやばい

Notion(notion.so)はウェブサービス、ウェブアプリである。

ネタ帳アプリを探していた。マイクロソフトOneNoteを暫定的なネタ帳管理アプリとしていたのだが、まったく管理がうまくいっていないので、別のものを探すことにした。

そんな中、出会ったのがNotion。

これは、メモアプリとか、ノートアプリという概念を超えていた。

僕がこれまで使ってきたウェブサービスを一つにまとめたようなアプリ。基本はページを作るブロックエディタ。画像やリンクや各種埋め込みなどが利用できる。そのへんはWordPressのグーテンベルグみたいな感じ。各ブロックがDynalistのようにURLを有し、アウトライン構造をとれる。

一つのノートを一つの項目として、データベースを構築することができる。そして、テーブル(表)を作ってエクセルのようにデータベース管理したり、Trelloのようなカンバン方式によるタスク管理をしたり、カレンダービューによるスケジュール管理をすることができる。

何でもできる。こんなに何でもできると、何でもやりたくなるのだけど、やる必要の無いことまでやる必要は無いから、まずは、必要な部分で使いたい。

今使用しているウェブアプリのうち、こちらに乗り換えられそうなアプリは、順次引っ越していこうかなと思っている。

まず、ネタ帳として使っているOneNoteから、徐々に引っ越し作業。完了したらOneNoteを全端末からアンインストール。

そのあとはプロジェクト管理で使っているTrelloをNotionへ引っ越し。Trelloをブックマークから削除。

DropboxPaperも使う必要なくなりそう。Simplenoteも、Googleドキュメントも、内容を取り込んでしまえば一元化できる。

Dynalistはどうだろう? Dynalistさえ必要くなる可能性がある。軽快なアウトライナーとしてはWorkFlowyを使って、Notionにインポートという手段もとれそうだし。

GoogleKeepは、プライベートのメモとして、今後も使って、仕事関係のメモはNotionに送るかたちで共存だな。

そうなると、GoogleKeepとNotionだけで、ほぼすべての情報処理ができる形が作れるかもしれない。

このNotion。一応無料で使えるけど、無料版はブロック1000個までの制限がある。無制限に使おうとしたら、月500円くらいかかりそうだ。

それで、もう、プロジェクト管理ツールや、タスク管理ツールやらを探したり、迷う必要が無くなるなら、十分ありでしょう。


小6の時

アンビリバボーの冤罪の話を書いた。僕にも、冤罪で責められたことってあったっけなあと考えてみる。

それっぽい感情になった出来事をいくつか思い出す。大きいものはいろいろな意味で書けないから、小さいやつを書いてみよう。



小6の頃の話、遠足か何かに行ったあと、その時のことを振り返って、まとめてみようみたいな課題が出された。

アンケート用紙みたいなのが配られて、項目を埋めるように書くのだけど、そこに「私だけが知っている」という項目があった。つまり、何かチクりなさいという項目。

その遠足は僕にとって、特に変わったこともなく終わったので、思い当たることが何一つ無かった。

「ありません」と言っても認めてもらえなかった。担任の先生は書くまで帰さないと言う。

どう考えても、ないものはない。

長い時間悩んだ。放課後という時間帯さえ過去になり、みんな帰宅し、周りに児童はいない。校舎に残っている者は僕と、職員室の職員達くらいになっていた。

結局僕は、嘘を書いた。

「『手を触れてはいけません』と書いてある模型に触っている人がいた」と。

そんな人はいなかった。ただ見学先に「手を触れてはいけません」と書いてある五重塔か何かの模型があったことを覚えていただけだった。

先生は「書けたじゃないか」とようやく帰してくれた。

でも、僕はそんな嘘を書きたくなかった。「何も無かった」という僕にとっての正直な意見を通してほしかった。

なんでこんな目に遭わなきゃいけないのかと思いながら、薄暗い道を歩いて帰った。



それとは別の日。(この話前にもしたっけ?)

朝のホームルーム。先生が何か怒っている。

「廊下の絵が落ちていることを、知らなかった者は手を挙げろ」と言う。

僕は全く心当たりがなかったので、正直に手を挙げた。

僕以外に手を挙げる人はいなかった。

すると、クラスメイトの一人が「なに一人で逃げようとしてるんだよ!」と僕に苛立ちの声を上げた。

その後の話でわかったが、廊下に飾っていた絵が落ちているのに、誰一人それを直そうともしないことを先生は怒っているらしかった。

先生は僕に対して、「お前は、もっと周りに気を配れ」と非難した。

僕はただ普通に学校に来て、座席に座っていただけで、何も知らなかった。

先生が怒っているらしい空気の中、一人正直に手を挙げる方がよほど勇気が要る。でも、僕はみんなと一緒の方が安心だからと知っていることにはせず、勇気を出して手を挙げて、誠実さを貫いたのだ。

その僕が、なぜ、そんなイヤな思いをしなければならないのか。

先生が注意するべきなのは、何も事情を知らない僕を責めたクラスメイトの方じゃないのか。

正直者は馬鹿を見る。嘘をついてうまくやれ。先生は、それを教えたかったのだろうか?



僕は何も間違っていない。何も悪くないと思う。

なのに、遅くまで学校に残されたり、知らなかったことを責められたり、まるで、悪者扱い。

僕はそのことをずっと覚えている。ずっと根に持っている。

たいしたことじゃないように見えるけど、悪者扱いされることって、そのくらい傷が残るってこと。

4月4日の日記 パンクブーブー佐藤哲夫さんの夢

パンクブーブーの佐藤哲夫さんの自宅が雑誌で紹介されていた。

売れてから、結構な豪邸に住んでいるらしい。

自宅の一室には、学校で使う机(例の横にカバンを引っかけるフックが付いてるようなアレ)がたくさん並べてあって(推定12個)、さながら学校の教室のようになっている。

いつでも学校コントができるようにしているという。

「学校コントなんていつ誰とやるんだよ!」「何のために?」「学校コントだけのために?」など、ツッコミどころばかりなのだが、それをひっくるめてネタとして、そういう部屋を作っているのだという。ちょっとかっこいいなと思う。

他にも、別の部屋では、棚に洋服を入れるカゴがたくさん並んでいて、それぞれ、シャツとズボン、靴下などがセットになって入っている。コーディネートごとに分けて入れてあるらしい。

あくまで昨日見た夢の話。佐藤哲夫さんにそれほどの思い入れもないのに、なぜそんな夢を見たのか……。

しかも、僕が家を訪問した夢ではなく、雑誌を読んでいる夢だから、夢として地味。でもちょっと面白かった。

4月3日の日記 アンビリバボーを見る

録画しておいた『奇跡体験アンビリバボー』を見る。

この番組もずいぶん長いことやってる。僕が子供の頃からやってるような気がする。

今回やっていたのは、冤罪事件。身に覚えのない事件の犯人にされ、長時間にわたる厳しい取り調べによって、虚偽の自白にまで追い込まれる。結局、服役後に、真犯人が捕まるのだが、心からの謝罪は無く、警察、検察など関係者は誰も処罰されることはなかった。

見ていて、心拍数が上がる。

「なんだそりゃ、腹立たしいな、おかしいじゃないか、間違ってるぞ」と。

みんなどんな気持ちで見てるのか、Twitterで調べてみる。その結果どうやら、この話は富山の「氷見事件」と呼ばれる出来事を取り扱っているらしい。

Twitterでも、怒りの声。やはり、多くの人が、憤りを感じたようだ。

僕はこの番組を見るときは(「消えた天才」のときもそうだけど)実際の話が元になっているとは言え、感情を動かすエンターテインメントとして見ている。映画やドラマを見るのと同じで、泣いたり、怖がったり、怒ったりの感情の起伏を楽しむためのものだという割り切りがある。

つまり、番組を作る上で、話を面白くするために、脚色があったりとか、見方が一面的になっていたり、大事な部分が紹介されていないとか、何かしらあるだろうと思って見ている。全部を本気にはしていない。

でも、一部の視聴者は怒りが収まらないらしく、富山県警のTwitterやウィキペディアのページが炎上する事態になったらしい。

確かに、その気持ちがわかるくらい、強く感じるものはあって、僕もいろいろ考えてしまった。

例えば、取り調べ担当の警部補。自白するまで追い詰める。許しがたいけど、凶悪で狡猾な犯人と、日々向かい合う任務を仕事としてやるとしたら、毒をもって毒を制すみたいな感じで、そういう人でないと務まらないのかもしれないし、そのやり方がうまくいったケースもあるのかもしれない。警察にも、現場にいないとわからない感覚があるのだろう。だから処罰に抵抗を感じたのかもしれない。何にせよ、僕は無関係で、何も知らないから、炎上に加担するつもりはない。

結局大事なのは、そのあとだ。警察がこんなんじゃ安心して暮らせない。

アンビリバボーは「あなたの身に起こるのは明日かもしれません」みたいな終わり方をしているから、まるで、今も警察はその時のままという印象を与える。でも所詮アンビリバボー。全部を本気にはしていない。

警察とて、さすがにそのままということはないはず。再発防止に努めるという声明も出しているようだし(『富山事件及び志布志事件における 警察捜査の問題点等について』https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/sousa/torishirabe/toyama_mondai.pdf)。

それでもなお、同じようなことがあったら、その時は許せないを通り越して、絶望感しかない。日本終わり。売りに出しましょう。

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