なんだかんだで、結局「EASYモバイルSuica」をスマートフォンに搭載させることにした。
じぶん銀行の口座を持っているので、手数料をかけずにチャージが出来る。
一回にたくさんチャージした方が手間は少ないのだけど、一度チャージすると、それを現金に戻すのは難しいので、使う分を考えて、やり過ぎないようにしないといけない。Suicaといえど、まだまだ、使えないお店の方が多いのだから。
僕の場合、残高が1000円を切ったら、5000円くらいチャージしておくのが妥当かな。
5000円チャージした次の日に死ぬと、なんかもったいないと思ったけど、死ぬことを考えれば、チャージせずに銀行にあっても同じことである。遠慮なくチャージしたらいい。
そういう作戦を立てて、さっそく会員登録。
とりあえず2000円をチャージしてみた。
さて、…………これで使えるのかな?
いざ駅やコンビニで使おうとして、使えなかったら恥ずかしい。
まず、自販機で試してみたい。
外に出たところに、ちょうどSuicaの使える自動販売機がある。それで試そう。
でも、そのために欲しくもない飲み物を買うのは癪だ。
よし、じゃあ、まず喉をカラカラにしよう。
ということで、3キロ程度走る。飲み物を買ってももったいなくないレベルまで、汗をかいておく。
よし、これで、飲み物を買う理由が出来た。
いよいよ使ってみる。ボタンを押して、パネルにスマートフォンの本体をくっつけてみる。
飲み物出てきた。使えた。
まあ、当然なのだけど。
とにかく、これをもって、僕は電子マネーはモバイルSuica一本にすることにした。
たくさん持つと、その分、金額が分散する。管理も面倒になる。それが嫌だからである。
今後、コンビニでnanacoをどれだけ勧められても、断る。
おサイフケータイ再検討
以前、モバイルSuicaを検討するも、年会費の問題で断念した。
電子マネーを持つとしたら、電車に乗れて、お店でも幅広く使えるモバイルSuicaがいいと、思っていたのに、年会費がかかるのでは、ちょっと手が出しにくい。
その後、新しい財布を買った。この財布が、大きさ的に、ポケットにも入れにくく、ちょっと出かけるとき持って出るには都合が悪い。
ちょっとコンビニに行くのに、ジャージのポケットに入れると、明らかに不格好になってしまう。太ももに大きな添え木をしている人みたいになってしまう。
そうなると、やはり、ちょっとコンビニというとき使えるおサイフケータイがあった方が便利だ。
おサイフケータイを再検討してみることにした。
モバイルSuicaが無理となると、以前述べたような理由でそれ以外のチャージ制の電子マネーは使いたくないので、iDか、QUICPayの後払い型のやつにしようかなと考えた。
iDの方が使えるところは多そうだと思ったが、名前が引っかかる。
「アイディー」というのは、結構、一般名詞として使われている。「ID番号を入力してください」とか。「通るにはIDカードが必要ですよ」とか。そういう点から、「電子マネーのiD」と説明しなくては誤解を受ける場面なども出てくるのではないか。そういう変な心配をしてしまう。「Edy(エディ)」と間違えられても嫌だし。
なので、名前的にはQUICPayの方が電子マネーっぽくていいような気がする。
コンビニで使うときも、店員さんに向かって、体を左右に揺らしながら、顔の横に手を交互に持ってきつつ、「クイックペイです!」と言うだけである。「ああ、QUICPayですね」と一発である。他の電子マネーと勘違いされることはない。
QUICPayでいこうかなと思いつつ、もう少し調べてみると、「EASYモバイルSuica」という選択肢もあることを知った。モバイルSuicaの、クレジットカードなしでも使える簡易バージョンで、オートチャージなどは出来ないけど、自分でチャージすれば、普通にSuicaとして使えるという。
そんなのがあったとは。以前モバイルSuicaを調べたとき、完全に見落としていた。そういうのがあるなら、それで十分じゃないか?
だが、さらに調べを進めると、EASYモバイルSuicaに、大きな弱点が発覚。
チャージが面倒。
チャージは基本的に、アプリを使って、銀行口座から振り込む形で行う。当然、その都度、ログインや、パスワード認証などが必要である。銀行は、みずほ、三井住友、三菱東京UFJ、じぶん銀行が対応しているが、じぶん銀行以外は手数料もかかる。
現金でのチャージは、コンビニ等で出来るようだが、駅の券売機や精算機は、今のところ、モバイルSuicaのチャージには対応していないらしい。
なので、残高が不足したりすると、乗り越し精算の手続きは、直接駅員さんのところにいかないといけないのだという。
電車に乗れるという強みを持ちながら、なぜ、ここまで使用をためらわせるような要素ばかりなのか。モバイルSuicaは。
JRには改善を求めたいところである。すぐに名前を「NON EASYモバイルSuica」に変えてくださいと。
電子マネーを持つとしたら、電車に乗れて、お店でも幅広く使えるモバイルSuicaがいいと、思っていたのに、年会費がかかるのでは、ちょっと手が出しにくい。
その後、新しい財布を買った。この財布が、大きさ的に、ポケットにも入れにくく、ちょっと出かけるとき持って出るには都合が悪い。
ちょっとコンビニに行くのに、ジャージのポケットに入れると、明らかに不格好になってしまう。太ももに大きな添え木をしている人みたいになってしまう。
そうなると、やはり、ちょっとコンビニというとき使えるおサイフケータイがあった方が便利だ。
おサイフケータイを再検討してみることにした。
モバイルSuicaが無理となると、以前述べたような理由でそれ以外のチャージ制の電子マネーは使いたくないので、iDか、QUICPayの後払い型のやつにしようかなと考えた。
iDの方が使えるところは多そうだと思ったが、名前が引っかかる。
「アイディー」というのは、結構、一般名詞として使われている。「ID番号を入力してください」とか。「通るにはIDカードが必要ですよ」とか。そういう点から、「電子マネーのiD」と説明しなくては誤解を受ける場面なども出てくるのではないか。そういう変な心配をしてしまう。「Edy(エディ)」と間違えられても嫌だし。
なので、名前的にはQUICPayの方が電子マネーっぽくていいような気がする。
コンビニで使うときも、店員さんに向かって、体を左右に揺らしながら、顔の横に手を交互に持ってきつつ、「クイックペイです!」と言うだけである。「ああ、QUICPayですね」と一発である。他の電子マネーと勘違いされることはない。
QUICPayでいこうかなと思いつつ、もう少し調べてみると、「EASYモバイルSuica」という選択肢もあることを知った。モバイルSuicaの、クレジットカードなしでも使える簡易バージョンで、オートチャージなどは出来ないけど、自分でチャージすれば、普通にSuicaとして使えるという。
そんなのがあったとは。以前モバイルSuicaを調べたとき、完全に見落としていた。そういうのがあるなら、それで十分じゃないか?
だが、さらに調べを進めると、EASYモバイルSuicaに、大きな弱点が発覚。
チャージが面倒。
チャージは基本的に、アプリを使って、銀行口座から振り込む形で行う。当然、その都度、ログインや、パスワード認証などが必要である。銀行は、みずほ、三井住友、三菱東京UFJ、じぶん銀行が対応しているが、じぶん銀行以外は手数料もかかる。
現金でのチャージは、コンビニ等で出来るようだが、駅の券売機や精算機は、今のところ、モバイルSuicaのチャージには対応していないらしい。
なので、残高が不足したりすると、乗り越し精算の手続きは、直接駅員さんのところにいかないといけないのだという。
電車に乗れるという強みを持ちながら、なぜ、ここまで使用をためらわせるような要素ばかりなのか。モバイルSuicaは。
JRには改善を求めたいところである。すぐに名前を「NON EASYモバイルSuica」に変えてくださいと。
野球のバッテリー
野球の用語って、そんなに深く考えずに使っていた。
野球でピッチャーとキャッチャーのことをバッテリーという。
一方、携帯電話やふなっしーを動かす電池のこともバッテリーという。
全く違うものに見えるが、同じ言葉が使われているということは、同じ語原なのだろうか。
そういえば、野球にはショートストップというポジションがあり、電気回路にも「ショートする」という言葉がある。野球の1塁からホームまでのベースを回路としたとき、ショートするのを防ぐのがショートストップ?
いや、まさか。そんな話聞いたことない。でも、じゃあなんなんだろう。
カタカナで書くと同じだけど、スペルが違うケースとかもよくあるし、英語関係のことは苦手でわからないので、ちょっと調べてみた。
バッテリーの語原には「打つ」「攻撃する」などの意味があり、転じて大砲や砲兵などを意味するらしい。
ピッチャーの投球は、相手に対する砲撃みたいなイメージなのだろうか。「ベース」なんかも戦争で使われる言葉だし、野球の用語は戦争となぞらえて決められているものが多いのかもしれない。
もともとバッテリーはピッチャーのみを指していたという。キャッチャーもそのシステムの一部という認識から、セットでバッテリーになったとみられる。
電池の「バッテリー」も同じだった。電気を放出するものという意味で、同じ「バッテリー」である。
どーんと何か放つような、繰り出すようなイメージなのかな。なんとなく、電池と野球の「バッテリー」に、共通のイメージがあるような気がした。
そして、野球のショート(ショートストップ)は「短い打球を止める」からそう呼ばれているらしいことがわかった。
電気のショートは回路に抵抗が極端に少ない「短い」状態で、そういう状態だと爆発みたいな危険なことが起こるということ。
どちらのショートも「短い」のショートだけど、特に深い関係はなかった。
野球でピッチャーとキャッチャーのことをバッテリーという。
一方、携帯電話やふなっしーを動かす電池のこともバッテリーという。
全く違うものに見えるが、同じ言葉が使われているということは、同じ語原なのだろうか。
そういえば、野球にはショートストップというポジションがあり、電気回路にも「ショートする」という言葉がある。野球の1塁からホームまでのベースを回路としたとき、ショートするのを防ぐのがショートストップ?
いや、まさか。そんな話聞いたことない。でも、じゃあなんなんだろう。
カタカナで書くと同じだけど、スペルが違うケースとかもよくあるし、英語関係のことは苦手でわからないので、ちょっと調べてみた。
バッテリーの語原には「打つ」「攻撃する」などの意味があり、転じて大砲や砲兵などを意味するらしい。
ピッチャーの投球は、相手に対する砲撃みたいなイメージなのだろうか。「ベース」なんかも戦争で使われる言葉だし、野球の用語は戦争となぞらえて決められているものが多いのかもしれない。
もともとバッテリーはピッチャーのみを指していたという。キャッチャーもそのシステムの一部という認識から、セットでバッテリーになったとみられる。
電池の「バッテリー」も同じだった。電気を放出するものという意味で、同じ「バッテリー」である。
どーんと何か放つような、繰り出すようなイメージなのかな。なんとなく、電池と野球の「バッテリー」に、共通のイメージがあるような気がした。
そして、野球のショート(ショートストップ)は「短い打球を止める」からそう呼ばれているらしいことがわかった。
電気のショートは回路に抵抗が極端に少ない「短い」状態で、そういう状態だと爆発みたいな危険なことが起こるということ。
どちらのショートも「短い」のショートだけど、特に深い関係はなかった。
ガイシャ
刑事ドラマで出てくる、被害者を表す「ガイシャ」って言葉。
被害者も加害者も「ガイシャ」じゃん。
むしろ「被」の方を強調するべきではないのか?
と思って調べてみたら、
「被疑者」との区別のために「害」の方を強調する必要があって「ガイシャ」であるという。
まあ、たしかに犯人に対して「加害者」って言わないね。
と思って調べてみたら、
「被疑者」との区別のために「害」の方を強調する必要があって「ガイシャ」であるという。
まあ、たしかに犯人に対して「加害者」って言わないね。
日記になぜ天気を書くのか問題
それにしても、日記を書くとき、みんななぜ天気を書きたがるのだろう。
「そりゃ、『あ~、あの雨の日か~』なんて思い出せるからじゃないの」
それなら、雨とか雪とか、そういう印象的な天気の日だけ、本文に「今日は雨だった」とか、書けばいいじゃないか。
「そりゃ、『あ~、あの雨の日か~』なんて思い出せるからじゃないの」
それなら、雨とか雪とか、そういう印象的な天気の日だけ、本文に「今日は雨だった」とか、書けばいいじゃないか。
雨が降ってなければ、晴れか曇りかなんて、そんなに気にならないじゃん。
なんか、子どもの頃からの習慣で、日記には天気を書くものだと思いこんでるんじゃないか。
外が雨でも室内で過ごした日は、印象に残らないだろうし。「日付」の次に書くほど大事なことでもないような気がする。
それなら、食べたものとか、体の調子とか、朝起きた時間とかの方が大事だと思うけどなあ。
なんか、子どもの頃からの習慣で、日記には天気を書くものだと思いこんでるんじゃないか。
外が雨でも室内で過ごした日は、印象に残らないだろうし。「日付」の次に書くほど大事なことでもないような気がする。
それなら、食べたものとか、体の調子とか、朝起きた時間とかの方が大事だと思うけどなあ。
石原10年日記
そんなわけで、「石原10年日記」を買った。
![]() |
| これから10年使う石原10年日記 |
2014年1月1日から2023年12月31日まで使える。
2014年も半分が過ぎてしまっているので、2014年の上半期の分がもったいないような気もするが、なにしろ10年使うのだから、全体を見れば使えないのは一部に過ぎない。残りの9年半を全部埋めれば、もったいないとは思わなくなるはずである。
5000円くらいしたので、僕にとって決して安い買い物ではないのだけど、なにしろ10年使うのだから、一年あたり500円くらいだし、毎年500円の日記帳を買うと思えば安いとすら言える。
さっそく書き方を決めることにした。
まず、書く時間。翌日の朝、前の日のことを思い出して書くことにする。その日の夜だと、うっかり寝てしまったら書けなくなるからである。
本文は、一日4行のスペースに書くようになっている。
なにしろ10年使うのだから、一日あたりの負担が大きいと嫌になってしまう。4行くらいがちょうどいい。
自由に書けばいいのだが、自分の中の大まかなルールとして、
- 上の2行はその日あったこと、やったことなど、出来事や行動について書く
- 下の2行は考えていること、悩んでいること、頭の中を占めていること、といった内面や思いについて書く
ことにした。
来年になって、今年書いたことを読み直すのは楽しみでもあるが、なにしろ10年使うのだ。10年書き続けるということは、その中に、人生のとんでもなく大きなイベントが混ざってくるはずであり、それが怖くもある。運命の出会い、病気、身近な人の死、石化、結婚、妊娠……。自分の身に何が起こるのか、見当もつかない。
2020年の7月3日あたりに、いったい何を書くことになるのだろう。
![]() |
| 下の方に特記事項欄。大きな出来事があったら書いておくと、あとで探しやすい。 |
僕はどうなってしまうのだろう。どう変わってしまうのだろう。
でも一番怖いのは、今と全く変わっていないことだったりする。
日記を書こう
3年日記とか、5年日記とか、10年日記みたいなものがある。
日記帳の同じ日付のページを、翌年も翌々年も使い回すという、ケチ根性丸出しの日記である。
ただ、これが1年以上書き続けると、面白いことが起こる。
日記を書くときに、前の年の記入欄が自然と目に入るので、ちょうど1年前や2年前の自分が何をしていたかわかる仕組みになっているのである。
「そうか、あれからもう1年か……。嘘だろ。…………はぁ。一年何してたんだろう…………あ~あ」なんてことになるのである。面白そうではないか。
数年前、そういうものがあると知ったときから、いつかやってみたい、いつか、と思っていたが、最近ようやく「やるなら早い方がいい」ということに気づいた。
早く始めた方が、その分早く「あ~あ」が味わえる!
日記というと「続く」「続かない」が問題になるが、毎日何かしら書いている僕にとって、日記を「書く」のは続ける自信がある。いままでも、日記のような雑文は、たくさん書いていて、Evernoteに放り込んである。
でも、問題は「見直す」方である。日記などを見直す習慣は全くなく、書きっぱなしになっている。
もったいない。きちんと日記を見直すことで得られるものがあるはずなのに。「そういえば、あの問題のことすっかり忘れてた」とか、「これはもう時効だろう、向こうも覚えてないだろう」とか。
書くときに自然と見直すことができるという、その日記帳の仕組みを知ったときは感動した。見直す習慣を付けるなどという不自然なことをしなくとも、書く習慣だけあればいい。「なんて画期的な!」と思った。といっても、僕が知らなかっただけで、ずっと昔からそういう日記帳はあったのだけど。
さて、始めるためには、まず日記帳を買わなければならない。調べてみると、どれも数千円はかかる。無料のやつは一つもない。
そこで頭に浮かんだのが「パソコンでできないかな?」である。
パソコンなら、あまりコストはかからないだろう。それに、手で書くより、キーボードを打つ方が速いし、字も読みやすい。
しかも、紙と違って、パソコンは検索ができる。「あれはいつのことだっけ?」と思ったとき、「あれ」を検索すれば、それを書いた日が表示される。
さらに、紙の日記の場合、5年とか10年すると、記入欄が全部埋まるので使えなくなるが、パソコンなら使用年数も文字数も無制限である。書き放題である。
データもクラウドに保存すれば失われることはあるまい。パスワードなどをつければ、人に見られずに済むというメリットもある。
調べてみると、思った通り、その手のパソコンソフトや、iPadアプリなどは存在していて、なかなか使いやすそうである。
特にiPadで使えるやつは、さすがに見た目も綺麗で、これはいいと思ったのだが、問題がある。今使っているiPadをこれから3年後や5年後も使っているという保証はないということだ。GoogleやEvernoteなどのサービスなら10年後20年後も使っていそうだが、iPad専用アプリは危険だ。
ウィンドウズのソフトは、無料のものだと、古くて見た目がいまいちだし、最新の有料ソフトでさえ、もっといいソフトが開発されて5年後10年後は古くさく感じてしまいそうだし。うちのパソコンはノートパソコンじゃないから、寝っ転がりながら書けないし。
そうやって考えていると、数年先がどうなっているかわからない以上、結局、紙の日記帳に書くのが最善であると判断した。
テクノロジーがいかに発達しようと、「見直す」ことに関しては、ぱらぱらめくれる紙の日記が最速である。
長い文章を書かずに、その日は何があった日なのかを手短に記録しておき、それを見直すという形を取りたいから、その目的なら、むしろ紙の方が適している気がする。
パソコンは断念して、紙の日記帳購入を目指すことに。
良さそうな日記帳を調べていたら、「石原10年日記」というのを見つけた。
日記帳の同じ日付のページを、翌年も翌々年も使い回すという、ケチ根性丸出しの日記である。
ただ、これが1年以上書き続けると、面白いことが起こる。
日記を書くときに、前の年の記入欄が自然と目に入るので、ちょうど1年前や2年前の自分が何をしていたかわかる仕組みになっているのである。
「そうか、あれからもう1年か……。嘘だろ。…………はぁ。一年何してたんだろう…………あ~あ」なんてことになるのである。面白そうではないか。
数年前、そういうものがあると知ったときから、いつかやってみたい、いつか、と思っていたが、最近ようやく「やるなら早い方がいい」ということに気づいた。
早く始めた方が、その分早く「あ~あ」が味わえる!
日記というと「続く」「続かない」が問題になるが、毎日何かしら書いている僕にとって、日記を「書く」のは続ける自信がある。いままでも、日記のような雑文は、たくさん書いていて、Evernoteに放り込んである。
でも、問題は「見直す」方である。日記などを見直す習慣は全くなく、書きっぱなしになっている。
もったいない。きちんと日記を見直すことで得られるものがあるはずなのに。「そういえば、あの問題のことすっかり忘れてた」とか、「これはもう時効だろう、向こうも覚えてないだろう」とか。
書くときに自然と見直すことができるという、その日記帳の仕組みを知ったときは感動した。見直す習慣を付けるなどという不自然なことをしなくとも、書く習慣だけあればいい。「なんて画期的な!」と思った。といっても、僕が知らなかっただけで、ずっと昔からそういう日記帳はあったのだけど。
さて、始めるためには、まず日記帳を買わなければならない。調べてみると、どれも数千円はかかる。無料のやつは一つもない。
そこで頭に浮かんだのが「パソコンでできないかな?」である。
パソコンなら、あまりコストはかからないだろう。それに、手で書くより、キーボードを打つ方が速いし、字も読みやすい。
しかも、紙と違って、パソコンは検索ができる。「あれはいつのことだっけ?」と思ったとき、「あれ」を検索すれば、それを書いた日が表示される。
さらに、紙の日記の場合、5年とか10年すると、記入欄が全部埋まるので使えなくなるが、パソコンなら使用年数も文字数も無制限である。書き放題である。
データもクラウドに保存すれば失われることはあるまい。パスワードなどをつければ、人に見られずに済むというメリットもある。
調べてみると、思った通り、その手のパソコンソフトや、iPadアプリなどは存在していて、なかなか使いやすそうである。
特にiPadで使えるやつは、さすがに見た目も綺麗で、これはいいと思ったのだが、問題がある。今使っているiPadをこれから3年後や5年後も使っているという保証はないということだ。GoogleやEvernoteなどのサービスなら10年後20年後も使っていそうだが、iPad専用アプリは危険だ。
ウィンドウズのソフトは、無料のものだと、古くて見た目がいまいちだし、最新の有料ソフトでさえ、もっといいソフトが開発されて5年後10年後は古くさく感じてしまいそうだし。うちのパソコンはノートパソコンじゃないから、寝っ転がりながら書けないし。
そうやって考えていると、数年先がどうなっているかわからない以上、結局、紙の日記帳に書くのが最善であると判断した。
テクノロジーがいかに発達しようと、「見直す」ことに関しては、ぱらぱらめくれる紙の日記が最速である。
長い文章を書かずに、その日は何があった日なのかを手短に記録しておき、それを見直すという形を取りたいから、その目的なら、むしろ紙の方が適している気がする。
パソコンは断念して、紙の日記帳購入を目指すことに。
良さそうな日記帳を調べていたら、「石原10年日記」というのを見つけた。
下の方に、検索用の特記事項の欄がある。重要な出来事があったら、そこに書き入れておけば、あとで見つけやすいというものだ。これによって、「あれはいつのことだっけ?」が検索できるようになっている。紙の日記帳の弱点をカバーしている。
多少値は張るが、細やかに出来ている感じがして、長く使うならと、これにすることにした。
次回に続く……。
アイスコーヒー
最近、アイスコーヒーがおいしいと思うようになった。
「俺は夏もホットコーヒーだぜ」と通のフリをしてきたが、アイスコーヒーの魅力にも気づいてしまった。
昨今コンビニでひきたてコーヒーが売られるようになった。これがうまいと評判で、ラジオの「カーボーイ」で爆笑問題も絶賛していた。
僕もアイスコーヒーを買ってみた。ひきたての粉感があって、たしかにおいしかった。
ブラックで飲んでもおいしい、ガムシロップとミルクを入れてもおいしい。ミルクだけ入れてもおいしい、ガムシロップだけ入れてもおいしい、ガムシロップとミルクだけ飲んでもおいしい。
毎日でも飲みたいくらいだが、節約の精神で、週2くらいに制限しようと思う。
「俺は夏もホットコーヒーだぜ」と通のフリをしてきたが、アイスコーヒーの魅力にも気づいてしまった。
昨今コンビニでひきたてコーヒーが売られるようになった。これがうまいと評判で、ラジオの「カーボーイ」で爆笑問題も絶賛していた。
僕もアイスコーヒーを買ってみた。ひきたての粉感があって、たしかにおいしかった。
ブラックで飲んでもおいしい、ガムシロップとミルクを入れてもおいしい。ミルクだけ入れてもおいしい、ガムシロップだけ入れてもおいしい、ガムシロップとミルクだけ飲んでもおいしい。
毎日でも飲みたいくらいだが、節約の精神で、週2くらいに制限しようと思う。
引っ越しのバイトと、今後の筋トレのこと
引っ越し屋さんのアルバイトをしているときが、過去、一番筋肉がついた時期だった。
数年前、金欠だったので、3ヶ月だけ時給のいい引っ越しのバイトをしたのだった。
きつかった。まず、朝7時集合なので、それが辛い上に、重たい段ボール箱をたくさん運ばなければならなかった。
渡される段ボールは物が詰め込まれ、ことごとく重かった。気を遣って、何も入れないようにしてくれれば楽なのに、全ての客が段ボールに物を詰め込んでいた。
明らかに引っ越しの仕事に向かない細い体だったので、ずいぶんいじめられた。怒鳴られた。「査定」で悪い評価を受け、給料も下げられた。
このハードさ。毎日はとても無理だ。
働く日は自分で決められるので、だいたい3のつく日と3の倍数の日だけ入ることにしていた。それでも、働く前日は、憂鬱だった。
もし、体調の悪い日にこんな仕事をしたら、死んでしまうか、死ななくても病院に運ばれて、入院費がかかってしまう。
休みの日も、体調管理に気が抜けなかった。気が休まらず、大きなストレスだった。
それでも3ヶ月続けた結果、すごく筋肉がついていた。
3日に一回くらいの働き方も、超回復が起こりやすく、良かったのだろう。
毎日、お腹がすいて仕方なかった。夕飯を普通に食べたあとも、お腹がすいて、「一平ちゃん夜店の焼きそば」を平らげた。
気付くと二の腕が一回り太くなっていた。鏡で自分の体を確認したら、原哲夫のマンガみたいになっていた。『北斗の拳』に出てくる人みたいだった。体重は51~52キロから、56キロくらいまで増えていた。
だが、その後、引っ越しの仕事をやめたら、『北斗の拳』みたいな体も、すっかり元の「主食ははるさめ」みたいな体に戻ってしまった。そんな筋肉は、普段の生活に必要無かったということだろう。
この経験でわかった。僕でも、ちゃんと運動とトレーニングをすれば、筋肉がつく。
食べようと思わなくても、運動すれば、勝手に腹は減る。我慢できないくらい。
体が必要としているのがわかる。だから、体を変えたければ、まずは、トレーニング。
半年トレーニングを積んで、自己最高の体重57キロを目指すつもりだ。でも、急にやめると元に戻ってしまうから、そこまで増やしたら、後戻りしないように、維持するためのトレーニングを続ける。
そんな筋肉必要ないんじゃないかと考えると、そんな気がして迷いが生じてしまうのだが、やってみて、もし体が軽く、体調が良くなれば、肉体改造は成功と言えるわけで……。まあ、とにかくやってみようと思うのだ。
数年前、金欠だったので、3ヶ月だけ時給のいい引っ越しのバイトをしたのだった。
きつかった。まず、朝7時集合なので、それが辛い上に、重たい段ボール箱をたくさん運ばなければならなかった。
渡される段ボールは物が詰め込まれ、ことごとく重かった。気を遣って、何も入れないようにしてくれれば楽なのに、全ての客が段ボールに物を詰め込んでいた。
明らかに引っ越しの仕事に向かない細い体だったので、ずいぶんいじめられた。怒鳴られた。「査定」で悪い評価を受け、給料も下げられた。
このハードさ。毎日はとても無理だ。
働く日は自分で決められるので、だいたい3のつく日と3の倍数の日だけ入ることにしていた。それでも、働く前日は、憂鬱だった。
もし、体調の悪い日にこんな仕事をしたら、死んでしまうか、死ななくても病院に運ばれて、入院費がかかってしまう。
休みの日も、体調管理に気が抜けなかった。気が休まらず、大きなストレスだった。
それでも3ヶ月続けた結果、すごく筋肉がついていた。
3日に一回くらいの働き方も、超回復が起こりやすく、良かったのだろう。
毎日、お腹がすいて仕方なかった。夕飯を普通に食べたあとも、お腹がすいて、「一平ちゃん夜店の焼きそば」を平らげた。
気付くと二の腕が一回り太くなっていた。鏡で自分の体を確認したら、原哲夫のマンガみたいになっていた。『北斗の拳』に出てくる人みたいだった。体重は51~52キロから、56キロくらいまで増えていた。
だが、その後、引っ越しの仕事をやめたら、『北斗の拳』みたいな体も、すっかり元の「主食ははるさめ」みたいな体に戻ってしまった。そんな筋肉は、普段の生活に必要無かったということだろう。
この経験でわかった。僕でも、ちゃんと運動とトレーニングをすれば、筋肉がつく。
食べようと思わなくても、運動すれば、勝手に腹は減る。我慢できないくらい。
体が必要としているのがわかる。だから、体を変えたければ、まずは、トレーニング。
半年トレーニングを積んで、自己最高の体重57キロを目指すつもりだ。でも、急にやめると元に戻ってしまうから、そこまで増やしたら、後戻りしないように、維持するためのトレーニングを続ける。
そんな筋肉必要ないんじゃないかと考えると、そんな気がして迷いが生じてしまうのだが、やってみて、もし体が軽く、体調が良くなれば、肉体改造は成功と言えるわけで……。まあ、とにかくやってみようと思うのだ。
野暮用どもめ! 一気に片をつけてやる!
普段生活していると、どうしても野暮用が出てきてしまう。
先日の運転免許の更新もその一つである。
こうした野暮用はなかなか手をつけにくい。本当なら、野暮用などせず、好きなことだけしていたい。
寝転がったり、寝転がりながら本を読んだり、本を読みながら寝転がったりしたい。
そこで、来週か、再来週あたりに、今残っている野暮用を全部、テンションや勢いで片付ける日を作れないかと考えている。
今残っているのは、
先日の運転免許の更新もその一つである。
こうした野暮用はなかなか手をつけにくい。本当なら、野暮用などせず、好きなことだけしていたい。
寝転がったり、寝転がりながら本を読んだり、本を読みながら寝転がったりしたい。
そこで、来週か、再来週あたりに、今残っている野暮用を全部、テンションや勢いで片付ける日を作れないかと考えている。
今残っているのは、
- 水道料金の支払い方を、使っていないゆうちょ銀行の口座引き落としから、コンビニ払いに変更する
- 使わなくなったPASMOを引き取ってもらう
- スマホを買ったので、古い携帯電話を捨てる
- 粗大ゴミのシールを買って、いらなくなったテーブルを捨てる
以上の4つが主なところである。
行動力のある人にとっては、何かの合間や何かのついでに簡単に出来てしまうことなのだけど、僕にとっては、たったこれだけのことが、とても面倒でハードルが高いことに感じられて仕方ない。四天王である。
水道料金の払い方を変えたいという気持ちは、かれこれ4~5年は持ち続けている。
一本電話をすれば済むことなのに、「ま、今日じゃなくてもいいや」と、伸ばし続けていた。
これは、気合いを入れて一気にやる時間を作るしかない。
一日で四天王を攻略する。
そして、全て終わったら「水道料金支払い方変更完了記念式典」を開こうと思う。
あいさつのあと、「記念品授与」が待っている。
記念品は、文庫本用のブックカバー。
頑張った自分へのご褒美である。
そのくらいしないと、一生、奴ら四天王は僕の頭の中をのさばるだろう。
よし、そうと決まったら、日取りを決めて準備を進めよう!
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それにしても、日記を書くとき、みんななぜ天気を書きたがるのだろう。 「そりゃ、『あ~、あの雨の日か~』なんて思い出せるからじゃないの」 それなら、雨とか雪とか、そういう印象的な天気の日だけ、本文に「今日は雨だった」とか、書けばいいじゃないか。 雨が降ってなければ、晴れか曇...
-
刑事ドラマで出てくる、被害者を表す「ガイシャ」って言葉。 被害者も加害者も「ガイシャ」じゃん。 むしろ「被」の方を強調するべきではないのか? と思って調べてみたら、 「被疑者」との区別のために「害」の方を強調する必要があって「ガイシャ」であるという。 ...
-
スマホでタッチ決済が可能ということで、Googleペイを介して、モバイルSuicaを使っている。 買い物をするとき残高不足だと、機械からピーという音が鳴り、店員さんに指を指されて「あっはっはっは、残高不足だー!」と笑われて恥ずかしい思いをするので、残高不足にならないように、残高が...


