実家は掃除が行き届いていて、綺麗なものだった。父はあまり何もしないから、ほとんど母がその環境を作っているのだろう。
居間には大きめのテレビがあった。32型。大音量で点いていた。居間以外は寒いので、別の部屋に行く気になれなかった。当初、たくさん本でも読もうと思っていたが、本を読む環境ではなく、結局たくさんテレビを見るだけに終わった。まあ、テレビはテレビで勉強になることもあったし、たまにはいいだろう。
自動的にどんどん食べ物が運ばれてくるので、食べてばかりだった。
テーブルに食べ物があると、どうしても食べてしまう。
食べるだけ食べて、テレビを見て寝る。すごく自堕落になった。これも、正月だから仕方ないと思うしかない。
母は日本の女性らしく、僕の何気ない動きを見て「寒くないか」とか「ティッシュならそっちだよ」とか、察して動いてくれる。
僕はほとんど何も考えなくても、母が先回りしてどんどん世話を焼くのである。
そういう環境にずっと僕はいたのだなと改めて思い出す。
この環境にいると、自分で考えて動くことはできなくなり、次第に、何もしなくてもいいやという気持ちになってくる。ただ、座ってテレビを見ている以外、何かしようとは思えなくなる。
察しの良さとか、気遣いの面で母のことは尊敬するが、これに甘えている限り、僕は一切成長できない。
そういう過度な世話焼きは母の性分だから仕方ないのかもしれない。が、知らず知らず、ただ食べるだけという家畜のような過ごし方に自然と導かれる、なんとも恐ろしいシステムがそこにあった。
僕も半分客人みたいなところもあるし、せっかく作って出してくれた料理を突き返すことはできない。食べるしかない。
ただ、ここにいたら間違いなく体がダメになる。明らかに食べ過ぎだ。
明日から、またいつもの暮らしに戻そう。いつもの、バナナ中心の朝食に……。
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